呼ばれぬ名

 若人は中流貴族の子息であった。学問はそれなりにこなし、素行にも目立ったところのない者であったが、役人としてはまだこれといった役に就いていなかった。名が覚えられる立場ではなく、用があれば使われ、なければ呼ばれない、そういう位置に置かれていた。


 とある年の除目を控えたころ、若人を上位の役職に薦めようという話が、家の内で持ち上がった。家の者たちは縁のある貴族のもとへ使いを送り、若人が取り立てられるようにと口入れを頼んだ。話は大して長くかからなかったが、「その話、聞き置こう」という返事が伝えられた。


 その言葉の扱いは家の中でも様々であった。軽く扱われていると見るものもあれば、否定されなかったことを重く見るものもいた。若人自身は、大きな期待を抱かないように自制しながらも、どこか慌ただしい家中の様子に、いつもより言葉を慎重に発するようになっていた。


 そんな折、推薦筋の貴族が物忌みに入ったという報せが聞こえ伝わってきた。除目まで日が迫っている中である。家の者たちは繰り返し使者を送り、口入れについて問いただすが、「今は控えられよ」と告げられ、それ以上の言葉は得られなかった。


 除目に向けて日が進むなか、口入れについては一向に進む様子が見られない。若人の家は諦めきれずに、折に触れて使者を送り続けたが、返る言葉は変わりなかった。話が立たれたわけではないものの、前に進む手応えもない状態であった。


 やがてこの年の除目はつつがなく終えられてしまった。若人の名が挙げられることはついになかった。





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【解説】

 ・除目

 平安時代に諸官を任命する儀式を除目(じもく)といった。除目は年中行事として通常春と秋に行われたほか、臨時で行われることもあった。枕草子ではすさまじきものの一つとして,

 除目に司得ぬ人の家。今年は必ずと聞きて、はやうありし者どもの、ほかほかなりつる田舎だちたる所に住む者など、皆集まり来て、出で入る車の轅もひまなく見え、物詣でする供に、我も我もと参りつかうまつり、物食ひ、酒飲み、ののしりあへるに、果つる暁まで門たたく音もせず、あやしうなど耳立てて聞けば、前駆追ふ声々などして、上達部など皆出で給ひぬ。もの聞きに、宵より寒がりわななきをりける下衆男、いともの憂げに歩み来るを、見る者どもはえ問ひにだに問はず。

 ほかより来たる者などぞ、「殿は何にかならせ給ひたる」など問ふに、答へには、「なにの前司にこそは」などぞ必ず答ふる。まことに頼みける者は、いと嘆かしと思へり。つとめてになりて、ひまなくをりつる者ども、一人二人すべり出でて往ぬ。古き者どもの、さもえ行き離るまじきは、来年の国々、手を折りてうち数へなどして、ゆるぎありきたるも、いとほしうすさまじげなり。

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