桜のあはれ

 桜ほど歌に詠まれた花はないだろう。この話も、そのうちの一つに関するものである。


 太政官に少外記なる役があった。大事の文を起こすでもなく、命令を下すでもなく、ただ文字を整え人の言うことをほどよく丸めるのが務めであった。藤原季綱はその少外記の一人であった。季綱は角の立たない言葉を整えることには長けていたが、自ら言葉を紡ぎ、他人の胸を打つようなことは不得手としていた。


 ある日、上役の橘朝臣宗久に呼び出された季綱は、「次の花の宴で歌を一首」と言い渡された。なんでもないことのように告げられたが、季綱には重く聞こえた。少外記といえど、まともに歌を詠む能もないと露呈すれば、今後の人生に大いに障りとなろう。


 その日、仕事を終えた季綱は勅撰集を紐解きはじめた。古歌にあたり、つぎはぎで場を凌ごうと頭を回すが、借り物の言葉ではうまくまとまるようには思われなかった。


 そんな葛藤が幾日か続いたころ、見かねた宗久から、季綱に声がかけられた。曰く、「東三条に帳の君という秀でた詠み手がいる」とのことであった。救いの手であった。宗久より表向きの用向きを仰せつかった季綱は、宗久の書状を携え東三条の第へと急いだ。


 東三条の第に到着した季綱は中門廊まで通された。中門廊から望む中庭では桜の花が淡く揺れていた。いくらか待ったのち、取次の小侍従の君が季綱の前に現れた。「歌のご相談ですね。お書き添えのものをこちらでお預かり申します」季綱は用意してあった一首–––––春の日の訪れ告ぐる多けれど桜花より勝るものなし–––––を書き記すと小侍従の君に託した。


 その日はそのまま第を辞し、返答を待つこととなった。返答を待ちながら宴の日が近づくのを思う季綱の心は、風に散る桜の花のように定まらぬものであった。


 東三条からの返答があったのは、季綱の訪問から2日後のことであった。宗久の表向きの用向きへの返信に添えられた季綱への書状は、宗久から渡された。助かったと思った束の間、「宴ではくれぐれもよくやれ」と告げられたために、季綱の心は一層重くなった。


 帳の君からの返答には、季綱への返歌が書かれているばかりであった–––––春の日の訪れ告ぐる多けれど散りてぞ桜は世に知られける。その日は帳の君の返歌が胸を離れず、筆が何度も止まった。


 務めを終えた季綱は、ようやく返歌に向き合うことができた。花の宴で求められる歌は、単なる花の美しさそのものではないのだろう。花が散るのを見て、どこか遅れて胸が追いつく、それを言葉にせよと言われている気がした。夜も更け、季綱も床についた。けれども帳の君への返歌を考えることがやめられず、落ち着かない心持ちであった。


 翌日、宗久に声をかけられた季綱は再び用向きを命じられ、東三条を訪ねることとなった。返歌のまとまらない季綱は慌てつつ、東三条の第を訪れた。


 先日と同様に中門廊に通された季綱であったが、邸内はどこか忙しなく思われた。廊から望む桜の花も、心なしか物寂しい様子で落ちていた。小侍従の君に宗久からの書状を託した季綱は、耐えきれず、そっと問うた。小侍従の君の答えるところによると、「北の方さまは北山へお移りになります。帳の君もお供なさいます」とのことであった。そう告げると小侍従の君は下がり、御簾のうちはまた静かになった。用件を済ませた季綱も第を辞した。


 帰路についた季綱は、もはや帳の君に返歌を届けることは難しいことを察した。少しずつ理解するその事実に、先刻廊から見た花の散り様が重なるように思われた。この気持ちを歌に残したいと思う一方で、うまく言葉が紡げない力不足がもどかしかった。


 いよいよ訪れた宴の日、宗久の邸では朝から忙しく支度がなされ、桜を望む座が設けられていた。風に花びらの舞う桜を前にして人々が言葉を交わすなか、下座に座る季綱だけは強張った顔を隠すこともせず、盃の縁をなぞっていた。宴がひとしきり盛り上がったころ、宗久の声が飛んだ。「少外記、歌を」


 季綱は静かに立ち上がると、口を開き、用意した歌を詠んだ。場はひととき静まり、誰かが盃を置く音だけが聞こえた。宗久は花に目をやってから一言、「悪くない」とだけ言った。


 季綱の歌がどんなものであったかは、ついに伝わらない。しかし、その場に落ちた沈黙が、桜のあはれを語っている。


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【解説】

 ・歌

 平安時代には男女ともに古今和歌集(古今集)が教養として重んじられていた。古今集に収録されている和歌は長歌5首、旋頭歌4首の他は全て短歌のため、この時代に歌といえばまず短歌を指す。春の歌には、たとえば次の歌が収録されている。

 今年より春知りそむる桜花散るといふことは習はざらなむ(紀貫之)

 世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし(在原業平朝臣)


 ・もののあはれ

 なんとも難しい概念である。あはれというのは、広く何かによって呼び起こされる感情・感動を指す言葉である。平安時代の歌や物語では、恋といえば悲恋であったのと同様に、あはれといえば涙を伴うような哀のあはれを指すことが多い。同じく古今集の歌では、

 月影にわが身を変ふるものならばつれなき人もあはれとや見む(壬生忠岑)

 

 ところで、明治時代に著された言海を開くと、

 あはれ(名)哀[次條ノ感動詞ヲ、專ラ傷シキニ用ヰタルナリ]憐ハレムベキコト、傷ハシキコト、フビン。

 あはれ(感)天睛[日神、天岩戸ヲ出デタマヒ、天始メテ睛レタル時ニ稱ヘタル語ニ起ル]天ヲ仰ギテ感ズル聲。

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