DTM敗残者の嘆き、又は初心者への警告「サンプルと妄想の海で溺れる蛇」潰【シンセサイザー・コンプレックスは電気阿波踊の夢を見るか】
AI 執筆協力
【シンセサイザー・コンプレックスとプリセットの罠】
現代音楽の根幹を担うシンセサイザー。しかしこれこそが、DTM参入者に「シンセサイザー・コンプレックス」なる病理を植え付ける元凶である。メーカーは見た目の派手な機材を作り上げ、「これ一台で何でもできる」と高らかに謳う。だがその実態は、操作があまりに難解で、専業のプロフェッショナル以外には何も得ることのできないブラックボックスだ。
そこに投入されるのが、救済策に見せかけた「プリセットパック」である。結局のところ、難解な機材を売りつけ、使いこなせないユーザーからさらに搾取するための「プリセットパック・ビジネス」が、そこに完成しているのだ。
これらのプリセットも、現状はサンプルパックと何ら変わらない。作り手が無責任に乱発し、ばら撒いているだけの「他人の手垢」である。唯一、サンプルパックより圧倒的にデータ量が軽い点だけは評価できる。だが、その音を確認し、選別するのは人間だ。天文学的な数のプリセットの中から、たった一個の「正解の音」を探し当てるには、神に愛された直感が必要となる。それがなければ、那由多の時間をドブに捨て、ただ寿命を削ることになるだろう。
【作曲家はエンジニアではない】
そもそも、シンセサイザーの音を一から作るなどという作業は、作曲家の仕事ではない。それは技術者(エンジニア)の領分だ。冨田勲は歴史における稀有な才能であり、あのYMOですら、シンセサイザーの音作りは「第4のメンバー」と呼ばれたマニピュレーターに委ねていたではないか。
それなのに、複雑難解なパンドラの箱たるシンセサイザーをどこのメーカーも我こそはと乱発し、周囲も「唯一無二の音だ」「音の引き出しを増やせ」「全てを網羅して当然」などと無責任に煽り立てる。これらは確かに一つ一つ違いがあるし、音の特性も異なるのだろう。だが、そんな微細な差など、素人にとっては誤差でしかない。
【魔境のタブーと、本質の欠落】
この話題はDTM界隈における魔境であり、タブーでもある。うっかり口を滑らせれば、「お前は何も分かっていない」「80年代からやり直してこい」などと袋叩きにされ、彼らにとって都合の悪い存在として葬り去られかねない。
だが、それでも言おう。シンセサイザーの機種の違いや音の差異、そんなことを気にするのは、長年それを使い込んできたプロやマニアのみである。 そもそも、オシレーターから出る基本波形は物理的に全く同じだ。違いとは、そこに付加されたエフェクターの特性や、ハードウェア時代の不安定な電源特性による「音の揺れ」でしかない。そういった揺らぎが必要ならば、実機のヴィンテージ機材を使えばいい。それが手軽に使えないから、シミュレーションで何とか音を再現しようと足掻いている――メーカーの苦労を馬鹿にするな、という声も聞こえてくる。
その通りだ。それは、私が「本当に演奏に堪えうるピアノ音源」を血眼になって求めているのと同じで、あなたたちにとってはそれが譲れない聖域なのだろう。
だが、私のその渇望が、端から見ればただの奇妙な執着に見えるのと同じことだ。私にはそれほど多くのシンセサイザーは必要ない。そして、世の多くの「曲を作りたいだけの人」にとっても、それは重要なことではないはずだ。結論として、素人に複雑怪奇なシンセサイザーなど必要ないのだ。
【シンセサイザーという呪縛、あるいは歴史のパッチワーク】
乱暴なことを言えば、シンセサイザーとは「オシレーター」と、それを変調する「エフェクター」がくっついたものに過ぎない。純粋な電子回路からパルス音を出すアナログシンセも、波形を変調させるサンプラーやロンプラーも、突き詰めればどちらも「シンセサイザー」だ。そもそも、パソコンで行うDTMという行為そのものが、広義にはすべてシンセサイザーなのである。
ではなぜ、あれほどまでに「シンセサイザー(特にアナログ的な挙動をするもの)」が珍重されるのか。それは、それが「電子音楽の歴史」そのものだからだ。 音楽とは自由なようでいて、その実、時代ごとに確立された技術のパッチワークである。「あの時代の音楽」を再現するには「あの時代のシンセサイザー」が必要であり、現代音楽の文脈を再現するためにもシンセサイザーが不可欠である――そういう不自由な枠組みがあるからこそ、シンセサイザーは神格化され、求められているのだ。
これらはクラシック業界における「古楽器への回帰」と同じようなものだ。「作曲家が存命した時代の楽器でのみ、真の表現ができる」という学術的な解釈。それが、現在のようなジャンル混合の音楽世界では、ごく当然のように行われているに過ぎない。我々は古今東西の音をパッチワークして何かを表現しようとしている。
だが、我々はそんな古い骨董品や歴史の亡霊に囚われる必要はない。もっと自由であっていいはずだ。
【1ドルのロンプラーと、バランスブレイカー「Vital」】
結論として、高価なシンセサイザーは必要ない。 もし音が欲しければ、SampleScienceの「UltraBasic」を1ドルで買っておけばいい(以前は無料だったが有償化されたのは世知辛い話だ)。あれは最低限のシンセ音が出るだけの、つまらないロンプラーだ。だが、操作が非常に単純明快で、何をどういじれば音がどう変わるのか、実に分かりやすく結果が得られる。何か分かったような気にすらさせてくれる、優れたプラグインだ。 難解な事柄に対して切り口を見つける最良の方法は、いかに興味を抱くか、ということに尽きる。
また、他社のサイトを探せば、ファミコンのようなチップチューンサウンドが出る無料シンセなどもある。あるいは、無料の「Nils' K1v」でもいい。挙動は安定し、信頼性も高い(プリセット探しが実機ままの仕様で面倒だが)。「あんなチープな音が良いなんて、耳が腐っている」と蔑むかもしれないが、私に言わせれば、ディストーションやクリッパーで波形を痛めつけ、ぶっ潰して「ブリブリ」言わせて喜んでいる連中の方がよほど耳が腐っている。
1ドルすら払うのが嫌なら、「Vital」をダウンロードすればいい。 Vitalは界隈のバランスブレイカーだ。見た目は今どきのEDM用シンセを装っているが、基本的な機能は網羅しており、高価なヴィンテージ復刻シンセなどでできることは、大抵これ一つで再現できる。なんなら、市販品にもできないことがあるLFO変調からの口笛サウンドだって作ることができるし、簡易サンプラー機能でワンショットとシンセ音を混ぜ合わせたりもできる。
画面はつまみだらけのブラックボックスではない。波形の動きが視覚化されているため、どうやれば音が変わるのか、ある程度体系化して確認できる。もちろん初心者にとっては、何から手をつけていいか分からないことに変わりはないが、情報も多く学習しやすい。
【「神シンセ」という名の懐古主義者の玩具】
世の中には他にも無料シンセサイザーがたくさんあるが、どれも似たり寄ったりで難解だ。違うのはエフェクターの性能か、アルペジエーターで奇妙なことができるか否か、若しくは独自仕様の迷宮でどれが何かわからない程度である。中には操作性が劣悪で説明書もなく、「当時実機を使用した者にしか操作法がわからない」という、懐古主義者のための玩具のような無料版も多い。
また、古いVSTを「神シンセ」などと称して吹聴する輩もいるが、これらは現在の高解像度ディスプレイに対応しておらず、GUIが豆粒のように小さい。ストレスが溜まるばかりだ。結局、オシレーターを通してエフェクトを掛けるなら、原理は同じだ。ならば初心者は、使いやすい現代のツールを使えばいい。
【Vitalにおける合理的な管理術】
私の「反プリセットビジネス」という持論に対して本末転倒ではあるが、音色を作れない私には、やはりプリセットは大切だ。そしてその「質」が重要だ。Vital向けの市販プリセットパックも多いが、個人的には「Cool WAV」という個人ベンダーのプリセットが、無料も含め実用的で使いやすいと思う。「AngelicVibes」「RedSounds」なども上品で厳選されており、自分好みだ。下品な「ブリブリ」音が好きなら「SickNoise」辺りを探せば良いだろう。
Vitalの真価はその管理システムにある。 インストール時、プリセットフォルダはドキュメントフォルダ等に作られるが、このフォルダはどこへでも自由に移動できる。移動後にVitalを立ち上げ、場所を指定し直せばいいのだ。
これを応用すれば、例えばOneDriveなどのクラウドフォルダ内にプリセットを移動させることが可能になる。うまくやれば複数台のパソコンで環境を共有・同期させることができる。フォルダ名称も変更でき、管理も楽だ。毎回インポート作業をしなくても、解凍済みフォルダをそこへ放り込むだけで移植が完了する。ブラックボックス化されているメーカー製有償シンセサイザーには、なかなかできない芸当だ。
まあ、これだけVitalを勧めておいてなんだが、文系ド底辺たる私にはシンセサイザーは結局珍紛漢紛であり、EDM系によくあるあの「ブリブリ」といううるさい音は、正直なところ怖気が走るほど大嫌いなのだが。——正直に言えば、私ができるのはまさしくUltraBasicの基本中の基本程度の遊びでしかなく、それ以上のことは理解すらできない。
「そんなやつが偉そうにおすすめのシンセサイザーなどと講釈垂れるな。せっかくのEDMシンセで、ウェーブテーブルを用いた音を下品と切り捨てるなど機材への冒涜だ。初心者くずれの間違った説明が一番迷惑なんだ」と、決定的な断罪が飛んできそうである。
その通りだ。何のことはない、私がこれ以上ないほどの「シンセサイザー・コンプレックス」なのである。
【シンセサイザーの暴走現象】
私がシンセサイザーを苦手とするもう1点、それは「CPU食い」と「暴走」「クラッシュ」である。音をいじろうと苦心していると、突然の耳とスピーカーを破壊する大絶叫を上げ、そのままフリーズ。あるいはプロジェクトごと巻き込んでのDAWクラッシュ——これらは特に不安定な無料製品に起こりがちだが、音色生成にマシンパワーを必要とするシンセサイザーのどれもが抱える、潜在的な不安点でもある。
Vitalは高性能なだけあって処理も重い。パソコン性能に自信がないなら無難に「TAL-NoiseMaker」や「Tyrell N6」あたりを選ぶのも手だ。これらは音質も良く、綺麗なプリセットも沢山見つかる。Tyrell N6のプリセットも、vst3フォルダとショートカットで連結しているだけなので、Vitalと同じように移動・共有可能だ。また、「Charlatan 3」というシンセもGUIが大きく操作しやすいし、「Primer 2(Syntorial)」という学習用VSTもバックアップ活動が精力的で使いやすい。Full Bucketの「FB-7999」という古いKORGのエミュレーターは、取っ掛かりこそややこしいが、慣れると操作しやすく、懐かしい音がして良い。
【ポエムという名のプリセット、他人の脳内への強制同期】
シンセサイザーにおいて私が最も忌み嫌うもの、それは「意味不明なプリセット名」だ。「Key」や「Pad」、「Lead」といったカテゴリ分けこそあれど、その実体には「〇〇の夕暮れ」だの「××の涙」だの、出来の悪い厨二病ポエムのような英語が並んでいる。一体どんな音が鳴るのか、名前からは全く想像がつかない。英語が苦手な私には解読するだけで苦痛だが、翻訳したところで意味などないのだ。
結局のところ、我々はプリセットを無責任に作ったやつのポエムを読まされ、赤の他人の妄想を正座して聴かされているに過ぎない。
「海干れてついに底を見るとも、人死してついにその心を知らず」 (たとえ海が干上がって底が見えることがあろうとも、人の心の中は死んでも分かる日はこない)
古人の言葉通りだ。お前の考えているイメージなど、赤の他人の私に分かるわけがない。時間の無駄だ。現代の機材は選択肢が多すぎる。情報過多な現代社会に対応できていない、原始人のような脳みそしか持たない私にとって、あまりの音の氾濫は思考のシャットダウンを招く。「シンセサイザーを毛嫌いするな」と啓蒙する方々もいるが、彼らは脳の構造が違うのだろう。
【「レトロ」を騙るロンプラーの罠】
一つ注意喚起をしておこう。安価で売られている「レトロシンセサイザー」と銘打たれた製品の多くは、Maize Sampler等の簡易エンジンにシンセの音を録音して並べただけの、ただのロンプラーだ。どれだけ「本格的」と広告を打っていても、それはシンセサイザーではなく「シンセサイザーの音がするサンプルパック」でしかない。
中には実機の不安定な揺らぎまで丁寧にサンプリングした良心的なものもあるが、多くはデジタルシンセで作った音を適当に押し込んで売っているだけ。まあ、前段で「オシレーターだろうとサンプルだろうと全てシンセだ」と言い放ったこととは矛盾するが、要は「看板に偽りあり」なのが気に入らないのだ。
【牛は水を飲んで乳とし、蛇は水を飲んで毒とする】
さて、あれはダメ、これはダメと、一体この男は何を喚いているのだろうか。ここまで書いてきて、心から思う。「本当に嫌ならやめてしまえ」と。
ピアノも思い通りに弾けず、作曲しようと頭を勝ち割っても一音すらも出てこず、DAWもシンセサイザーもまともに使いこなせない。それなのに「次こそは」と夢を見て、ハードディスクに何台ものプラグインやデータを蓄積し、結局それらをゴミにしている。 なぜか? それは私自身がゴミだからだ。音楽が出てこないのは、私の欲求が「音楽を作りたい欲」ではなく、音楽を作ることによって「承認されたい欲」でしかないからだ。
「牛の飲む水は乳となり、蛇の飲む水は毒となる」
ゴミが持てば何だってゴミになるのだ。
【結論:所有欲と創作欲を切り離せ】
どうでもいい自嘲は置いておこう。結局、私のような哀れな人間に必要なのは、軽量なロンプラもどきのシンセと、あとは「Vital」。
ヴィンテージ機材の音も必要と言うが、本当に全部必要なのか? 大抵の場合、DX7のエレピ、Moogのベース、Oberheimのブラス、JUNOのストリングス、定番の有名どころを摘んだくらいだろう。だったら、それらの美味しい音だけを集めた専用のロンプラーを使っていればいいのだ(Tracktionから無料配布されている「Attracktive」は、こういった気の利いた高品質な拡張データを安価で入手できる)。
なんなら頑張ってVitalでプリセットを作ってもいいし、探してもいい。どうせ電子楽器の音なんて、単体で聴いていればすぐに飽きる。だから、あれこれ手を出す。全て必要なのだ。吾唯「足らぬ」ことを知るのだ!!
——このような輩を反面教師とし、きちんと一つ一つのプラグインに習熟することに専念するべきである。
別にVitalでなくてもいい。好きなもの、慣れ親しんだものがあるならそれでいい。他は適当な無料シンセか、たまにばら撒かれる「撒き餌」の有料シンセでも貰っておけば事足りる。 重要なのは、機材を集める「所有欲」と、音楽を作る「創作欲」を完全に切り離して考えることだ。 さもなくば、あなたのハードディスクは永遠に、使われない音の墓場であり続けるだろう。
【終幕:巌頭之感】
さて、この一連のDTM論を上梓した私であったが、何やら心中すっきりとしないものを感じ続けていた。書けども書けども論旨はまとまらず文脈は繋がらず伝えたい内容を筆舌に尽くせぬ不達成感、脳内に響き続ける「ずっと黙ってた方がいいよ。馬鹿がバレるから」という口々の嘲笑――ついに私はこの疑念を払拭せんと一連のたわごとをAIに入力し、論理の矛盾、破綻、すり替え等、特大ブーメラン事案についての忌憚なき意見を求めたが、そこで得られたる回答は、まさに頭上より冷水を浴びせられたるが如きであった。(興味がある方は、ここまでの文章をGeminiに入力し「この臭い文章がバカにされ、ブーメランおつと蔑まれる根拠、矛盾、破綻について挙げてください」と訊ねればよいだろう)その程度にも気づかず、AIに諭され初めて知るという時点で、いかにこの筆者の知能の劣る情弱な、世間から言葉を大声で遮られ、叱責と説教だけを浴びせられ続けるつまらぬ底辺層であるか、顔を見るまでもなくにじみ出ている。この男が書きたかったのは、おそらくは平生遮られ続け、語ることを許されなかった「狂える呪詛」なのであろう。
故に私は、以下の「遺書」を以て、この文章をただの妄想として葬り去る。
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——この追い詰められた気持ち悪い男は一体長々と、自らダブルバインドに陥るようなたわ言をいつまで吐き続けるつもりだろう。
プリセットが嫌いと言いながらプリセット管理術を嬉々として語り、過去の遺物にとらわれるなと言いながら完成された音に執着する。ポエムを蔑みながら文章は特大の不気味な痴れ歌となっている。卑劣にも論じている風を装い、下らない脳内妄想をまさに正座を強いて聞かせようとする。そして最後の自嘲でもって、自らの主張すら聞くこと値せぬ嘘っぱちに堕してしまった。
何のことはない。ただ、この無知無能な俺様を無視するな、俺様にわかるように説明しろ、案内しろとわめき立てている、即刻削除せらるべき低俗悪質クレーマーである。
ろくに道理も知らない分際で「シンセサイザーなどどれも同じ」と全ての関係者に泥を塗り、「音作りは技術者の仕事」と、前時代の価値観を押し付け、音作りを委ねたはずの技術者をあろうことか「妄想バカ」と感謝もなく貶める。ただこいつが、極限までに自尊心が肥大した哀れな「シンセサイザーコンプレックス」なだけではないか。
どんな高尚ぶったことを言おうが、
「多くの情報と、脅迫観念に押しつぶされそうになっている初心者の心を楽にしたかった」
などと詭弁をたれようが、ひとつも耳を傾けてやる必要はない。彼らは人間である。何故お前ごときに救うことができよう。お前が救うべきは唯お前一人である。
このようなものには目もくれず立ち去るべきである。そうすればこの男は、孤独の怨嗟を一人チラシの裏に書き付け、それを抱いて崖から捲り落ちるだろう。
「ゴミが、ポアされて良かったね」と、手を叩いて喜ぶべきだ。
世界がひとつ、綺麗になったのだから。
(死ぬかボケぇ! もうちょっとだけ続くんじゃ!)
シロウトDTM未満のうらみごと。 −改− たねやん @xaverNOkage
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