バームクーヘン食う前に
惟風
付き合った時点でおしまいです
「おめでとう!」
「おめでとー」
「おめでとう」
各テーブルから上がる祝福の言葉に自分も渋々倣い、控えめに拍手を送る。そっと会場内を盗み見ると、私と同じく苦虫を噛み潰したような表情を何とか呑み込んだような顔をした女が何人か目に付く。
元カノを結婚式に呼ぶんじゃないよ。何考えてんだ。出席する私も私だけど。
白いドレスに身を包んだ新婦は、煌びやかなメイクや照明も相待って本当に輝いて見えた。あそこに立つのは私だと思ってた、と考えるだけで悔し涙が上がってくる。アイメイクが落ちないようにハンカチでそっと押さえる。先輩として感動しているのだと周囲は思ってくれるだろう。
二年ほど密かに社内恋愛していた男を、部署移動してきた後輩に寝取られた。いや、乗り換えられたというべきか。新郎新婦の職場関係者の一員として式に招待されたから欠席するわけにいかなかった、クソが。
私は誰からも彼を寝取った覚えはないけど、私と同じテンションの人が何人もいるのはやっぱり複数同時進行してたのかな。あの人もその人も知ってる。全員同じ会社、かろうじて部署違い、大体が新郎の同期じゃん最悪すぎる。
「ちょっと! 顔に出過ぎ」
隣席の同期に肘鉄されて慌てて俯く。唯一私と新郎が付き合っていたのを知っている娘だ。考え事をしている間に表情が正直になっちゃったみたい。
「頭冷やしてくる」
同期に耳打ちして、トイレに駆け込んだ。当人達が視界からいなくなったところで冷静になれるわけもなく、叫び出しそうだった。
親兄弟にも地元の友人達にも結婚を匂わせていたし、少し早い祝福も受けていた。もう今年は里帰りできない。今年どころか次の恋人が見つかるまで生涯帰れない。
ガッツリとメイクをしているせいで顔をざぶざぶ洗うことも大泣きすることもできずに、洗面台を拳で叩く。どうやっても嵌まることのない銀色の指輪の幻影を左手に見てしまって、割れそうなくらいに奥歯を噛み締めた。
自分の激情と必死に戦っていると、さっき意味深な顔で新郎新婦を見つめていた女達がトイレ内に次々に入ってきた。
考えること、感じることは一緒なんだな。女同士だからそうなるのか、新郎の好みで似た性格の女が集まっただけなのか。
お互い多くは語らなくても、瞳を覗き込むだけで考えていることはわかった。同士として、同志として想いは一つ。
「……私が皆を代表するね」
誰からも異論は出なかった。この役目は、きっと私にしかできないから。
ドレスを脱いで、私は披露宴の会場に乱入した。
「続いて……ウワーッ!」
司会の男がいち早く私に気付き野太い悲鳴をあげる。同じテーブル席にいたメンバーも驚いて立ち上がる。
新郎新婦が気づいたのはワンテンポ遅く、それが命取りだった。ひと思いに、私は躊躇なく二人重ねて引き裂いてやる。死が二人を分つまで。地獄も一緒に行きやがれ。
「NTR・シャークだ! あれは恋人を寝取られて怒りに震える鮫だ!」
視界が律儀に私のことを紹介してくれる。好きでこんなのに成ったんじゃない。私だってホントはブライド・シャークになりたかった。こいつらが私を悲しきモンスターにしたんだ。
既に細切れの死体に成り果てた元彼と後輩の上で、私は尾鰭をしならせ咆哮する。復讐を果たした後の虚しい達成感が私を包む。
阿鼻叫喚となった会場の入り口で、同志である元カノ仲間達だけが私に祝福の拍手を贈ってくれていた。
バームクーヘン食う前に 惟風 @ifuw
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