元限界社畜アラフィフOL、異世界で【美術館の館長】やってます!~無敵の身体と女神様の加護で送る、安全でアートなスローライフが最高です~

青空あかな

第1話:プロローグ

 私は子どもの頃から絵や彫刻が大好きで、将来は芸術の道に進みたかった。

 バイトしながら学校の勉強も絵の勉強も必死に頑張り、東京にある国立の美大に受かったのに……「芸術は食えない」と親に言われて進学しなかった。

 芸術の道を諦めてしまったのだ。


 一般の学部を出た後は、いわゆるブラック企業に入社。

 お昼ご飯も食べられないほど、毎日朝から晩まで働いた。

 若いときは先輩や上司に迷惑をかけちゃダメだと、年齢を重ねてからは後輩や部下に迷惑をかけちゃダメだと思い、結局死ぬまで仕事を辞めることができなかった。

 もちろん、仕事ばかりで恋愛なんてする余裕もない。

 わずかな休日に美術館を巡ったり、イラストや絵を描いたりするのが生き甲斐の人生だった。


 自分に正直になればよかったと、親の反対を押し切ってでも美大に行けばよかったと、今でも後悔している。

 一度でいいから、絵画や芸術に思いっきり没頭する毎日を送りたかったなぁ。

 そんな私は50歳まで無理して働いた結果、過労が祟って死んでしまったわけだけど……。


「……あなたの人生って本当に大変だったわね。ほんと、日本人は働きすぎ。もっとのんびり暮らせばいいのにって、あなたもそう思わない? 一ノ瀬澪さん?」


 私はSNS映えしそうな、ネオン煌めく派手な部屋の中にいた。

 目の前には、港区に住んでいそうな金髪碧眼の陽キャ美人が座る。


 ……なにが起きているの?


 混乱する私に、港区陽キャ美人はスマホっぽい小さな板をいじりながら話す。


「澪ちゃんはすごく頑張ったのに、やりたいこともできないのに死んじゃうなんて可哀想よ。……あっ、"いいよ"が増えた! ラッキー! やっぱり、この前買った鞄が映えたね。……ねえねえ、澪ちゃん。黙ってないでなにか話してよ~」


 彼女はSNSでも見ているのかしら。

 どうやら会話を求められているらしいとわかる。

 今の私は人魂みたいな形だけど声は出せるのかな?


「も、もしもし」

「電話みたいでおもろ~」


 よかった、声が出た。

 キャッキャッと喜ぶ港区陽キャ美人に、私は緊張しながら尋ねる。


「すみません、あなたのお名前を教えてもらえませんか? そして、ここはどこなんでしょう?」

「ごめんごめん、言うの忘れてた。あたしは女神エリューシア。んで、ここはあたしの部屋。よろ~」

「女神様……なんですか? あなたが?」


 思わず浮かんだ疑問を口にすると、エリューシア様はあからさまにジトッとした不機嫌な顔になってしまった。


「むっ、不満げな顔」

「いえ、そういうわけではなく……すみません。ところで、私はなぜあなたの部屋に来たんですか? 死んだ記憶はあるんですが、いったい何がどうなっているのかまったくわからず……」

「よくぞ聞いてくれました~。あのね、澪ちゃんはずっと誰かのために働いてきたでしょ? たくさんの善行を積んだおかげで、異世界転生する権利があるのよ。ここは魂の救済場所。地球で死んだ魂をあたしの世界――“ローワン・フェルム”に転生できるの。日本人に大人気の、剣と魔法がある中世ヨーロッパ風のファンタジー世界よ」


 一転して、エリューシア様が笑顔になって安心する。

 こんな映えそうな部屋が魂の救済場所とは、世の中不思議なこともあるのね。

 ……ちょっと待って、今結構重要なことをさらっと言われたような……。


「異世界転生って、漫画とかアニメでよくあるアレですか?」

「そうそう、アレアレ! さっすが、日本人! 話が早くて日本文化万歳! 澪ちゃんがあたしの世界に転生してくれると、あたしも本当に助かるんだけど、どうかな? 最近はカミッター……あっ、神の世界のSNSね。そのフォロワー数で序列が決まる風潮があって、ちょっと困っているのよ」

「へぇ~、神様も大変ですね。しかし、異世界転生とツイッ……ではなく、エック……ではなく、カミッターにどんな関係が?」


 唐突にSNSの話が絡んできたので尋ねたら、エリューシア様は力説を始めた。


「フォロワーを増やすためには、映えるアイテムとか服を買わなきゃいけない! だけど、そういう物は高いの!」

「たしかに想像がつきます。ブランド品はどれも……」

「でも、あたしはなるべく働きたくない! そこであたしは考えた。働きたくないのなら……転生者を働かせればいいじゃない、って!」

「は、はぁ……」


 港区女神……じゃなくて、エリューシア様はグッと拳を握る。

 転生者に働かせるなんて、人間じゃ思いつかないようなすごいアイデアだ。

 エリューシア様に少しずつ、前世で仲の良かった裕福な友人のちょっとわがままで世間知らずなお嬢さんの姿が重なり始めたのはなぜ……?


「だから、澪ちゃんにお願い! 異世界転生して! そして、私のためにお金を稼いで!」

「せっかくですがお断りいたします」

「なんでぇ!? 第二の新しい人生が過ごせるんだよ!?」


 断ると、エリューシア様は信じられないとでも言いたげな顔になる。

 なんでって、そりゃあ……。


「私は大学を出てから、ろくな休みもないくらい30年近く働き詰めだったんです。これ以上働きたくはありません。いい加減、もう休みたいんです」

「しょんなぁ……あたしの楽して儲ける大作戦がぁ……」


 途端に、エリューシア様はしょぼしょぼする。

 もしかして、漫画やアニメの主人公たちも裏ではこんなやりとりがあったのかしら。

 しょぼくれる彼女を見ていると、可哀想というか同情の気持ちが生まれてきた。

 働きたくないけどお金は欲しい……か。

 たしかにそうだよね。


「でも、エリューシア様のお気持ちもわかります。私だって、働かずにお金が手に入ったらどれだけ幸せかなぁってよく思っていましたよ。だから元気出してください」

「澪ちゃぁん……転生してくれるんだね」

「いえ、しません」

「えええっ!? してくれる流れだったじゃん!」


 再度断った瞬間、エリューシア様は目を見開く。

 気持ちはわかると言ったものの、それとこれとは話が別なのだ。


「次いつ転生可能な魂が現れるかわからないのよ! 魂には世界との相性があるから、誰でもいいわけじゃないの! お願いだから転生して~!」


 エリューシア様は切実な表情で、人魂姿の私にしがみつく。


「何とかしてあげたいのですが、私はもう疲れ果ててしまったんです。新しい人生でもまた働き詰めなんて、転生した意味がないような……」

「働き詰めにはさせないよ!」

「そうですか。でしたら、もう私を無理やり異世界転生させるしか方法はないと思います」


 娘がいたらこんな感じなのかなと思いながら伝えると、エリューシア様はこの日一番と言えるくらい大変に驚いた。


「それはダメ! そんなことしたら澪ちゃんの魂が穢れるでしょ! 可哀想だし、後処理がすんごく大変なんだから!」


 その言葉を聞いたとき、彼女はわがままなだけじゃなく、優しさも持ち合わせているのだとわかった。

 根っこの部分はとても優しい神様みたい。

 どことなくほんわかしたら、ふとエリューシア様は何かに気づいたように叫んだ。


「じゃあ、美術館の館長になる、ってのはどう!? 澪ちゃんは芸術が好きだったよね? 素敵な絵とか彫刻を見ながらスローライフできるよ!」

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