第13話 揺れる支配者
翌朝、村の空気が微妙に違っていた。
騒ぎが起きたわけではない。
命令が滞ったわけでもない。
ただ、
判断の速度が、わずかに落ちている。
それに気づいたのは、
俺ではなく、村人たちだった。
「……今日は、確認が多いな」
「昨日まで、即決だったのに」
そんな声が、ひそひそと交わされる。
昼前、俺はテファニアの執務室を訪れた。
扉は、珍しく開いていた。
彼女は机に地図を広げ、
複数の札を並べている。
だが、
どれにも手を伸ばしていない。
「珍しいな」
そう言うと、彼女は顔を上げた。
「判断が、遅れていますか」
「自覚はあるらしい」
俺は、壁にもたれる。
「俺のせいか」
「原因の一つではあります」
否定しない。
「あなたが拒否したことで、
前提が崩れました」
「前提?」
「あなたは、
最終的に引き受ける、という前提」
胸が、少し痛む。
「それがなくなった以上、
私は“一人で完結する支配”に戻る必要がある」
「戻れるのか」
問いは、自然に出た。
彼女は、少し考えた。
「理論上は」
珍しい言い方だった。
「実感としては?」
「……重いです」
率直すぎて、言葉を失う。
「あなたがいたことで、
私は判断を分散できていた」
静かな声。
「それに、
気づいていませんでした」
彼女が、こんな弱音を吐くとは。
「なら、最初から一人でやるなよ」
「それは、不可能です」
即答。
「支配は、
孤立すると破綻します」
「だから、俺を置いた」
「ええ」
認める。
「象徴であり、
判断を受け止める存在として」
沈黙が落ちる。
「……なあ」
俺は、視線を合わせる。
「俺は、
あんたの部下じゃない」
「知っています」
「道具でもない」
「はい」
「じゃあ何だ」
彼女は、少し迷った。
その沈黙が、答えだった。
「……誤算です」
小さく言う。
「あなたは、
思ったより、
自分で考えるようになった」
苦笑が漏れる。
「それ、褒めてるのか」
「評価です」
きっぱり。
「だから、
支配の形を調整する必要がある」
机の札を一枚、脇に置く。
「この村は、
私一人で回すには大きすぎる」
「俺が戻れば、楽になる」
「ええ」
一瞬、視線が揺れる。
「ですが」
続ける。
「あなたが戻る条件は、
“選ばされないこと”」
俺は、黙って頷いた。
「それは、
支配者にとって、
かなり危険です」
「それでもやるか」
彼女は、ゆっくりと息を吸った。
「……検討します」
その言葉が、重かった。
決断を即座に出さないテファニア。
それは、
村人たちよりも、
俺にとって異常だった。
部屋を出るとき、
彼女が言った。
「勇者様」
「何だ」
「あなたは、
私の支配を壊しているわけではありません」
振り返る。
「形を、変えているだけです」
その通りだ。
破壊ではない。
拒否でもない。
再定義。
それが、
俺のしていることだ。
そして、
それは彼女にとって、
最も厄介な変化だった。
――支配者が、
初めて“迷っている”。
その事実が、
この村の未来を、
静かに揺らし始めていた。
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