第12話 拒否という判断

その日の夕方、

 俺は一つの案件を却下した。


 内容は単純だ。

 近隣の小集落を、村の管理下に置くかどうか。


 合理的には、取り込むべきだ。

 水路も、警備も、統合した方が効率がいい。


 ――だが。


「これは、俺の判断じゃない」


 会議の場で、はっきり言った。


 一瞬、空気が凍る。


 村人たちの視線が、

 俺とテファニアを往復する。


「勇者様」


 彼女が口を開く。


「理由を」


「役割が違う」


 即答した。


「俺は象徴であって、

 支配者じゃない」


 ざわめきが起きる。


「支配は、あんたの仕事だ」


 彼女の表情が、わずかに変わった。


 怒りではない。

 計算の修正だ。


「勇者が判断を拒否するのは、

 前例がありません」


「なら、作る」


 視線を逸らさない。


「全部を俺に投げるな」


 沈黙。


 彼女は、ゆっくりと息を吐いた。


「……分かりました」


 意外なほど、あっさり。


「では、この案件は私が判断します」


 場が、ざわつく。


 だが、反対の声は出ない。


 会議は、そのまま終わった。


 人が引いた後、

 俺と彼女だけが残る。


「怒ってるか」


 そう聞くと、彼女は首を振った。


「いいえ」


「じゃあ何だ」


「安心しています」


 予想外の言葉。


「あなたが、

 初めて役割を拒否した」


 こちらを見る。


「それは、

 支配の外に出たということです」


 胸が、ざわつく。


「外に出たら、どうなる」


「構造が、揺れます」


 淡々と。


「私一人では、

 全部は支えられない」


「……それでもか」


「ええ」


 彼女は、はっきり言った。


「あなたが拒否し続ければ、

 私は支配のやり方を変える必要がある」


 それは、

 初めて聞く“譲歩”だった。


「俺は、

 決断を放棄したいわけじゃない」


 言葉を選ぶ。


「選ばされるのが、嫌なんだ」


 彼女は、少しだけ目を伏せた。


「知っています」


 短い返答。


「それでも、

 あなたは選んでしまう」


 核心を突かれる。


「今日も、

 拒否という判断をしました」


 その通りだ。


 俺は、何も言えなくなる。


「……卑怯だな」


「合理的です」


 即答。


 沈黙が落ちる。


 夕暮れの光が、

 室内を赤く染める。


「でも」


 彼女が続ける。


「あなたが拒否したことで、

 私は一つ、間違いに気づきました」


「何だ」


「あなたを、

 “便利な盾”にしすぎていた」


 その言葉に、

 わずかに救われる。


「だから」


 一歩、近づく。


「次からは、

 選択肢を、あなたに渡します」


 完全な撤退ではない。

 だが、前進だ。


 俺は、息を吐いた。


「……それでいい」


 その夜、

 村は何事もなく眠りについた。


 だが、構造は確実に変わった。


 俺は初めて、

 勇者としてではなく、

 一人の人間として、立った。


 小さな抵抗。

 だが、確かな亀裂。


 この世界で、

 初めて“俺が選んだ”判断だった。

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