第10話 答えを置かないという選択

朝になっても、何も変わらなかった。


 村は動き、

 人は働き、

 俺とテファニアは、何事もなかったかのように役割を続けている。


 ――それが、異常だった。


 昨夜、

 互いに「分かってしまった」はずなのに、

 確認も、告白も、修正もない。


 彼女は村を支配する者として振る舞い、

 俺は勇者として扱われている。


 そして、

 その構図が一切崩れない。


「今日の巡回ですが」


 昼前、会議室で彼女が言う。


「南側は、勇者様が出た方が早い」


「理由は?」


「あなたが行けば、誰も反対しません」


 それを当然のように言う。


「……俺を便利に使ってないか」


「使えるものは使います」


 一切の躊躇がない。


 その合理性が、

 懐かしくて、

 腹立たしい。


「昔からそうだったな」


 思わず、口を滑らせた。


 一瞬、空気が止まる。


 だが彼女は、訂正しない。


「“昔”という言葉は、曖昧です」


「逃げるなよ」


「逃げていません」


 彼女は、真っ直ぐこちらを見る。


「答えを置いているだけです」


「同じだろ」


「違います」


 静かな否定。


「答えを出せば、関係は固定される」


 指先で机を叩く。


「固定された関係は、

 いつか必ず、役割を生みます」


 胸が、嫌な音を立てた。


「勇者と支配者、

 夫と妻、

 選ぶ側と、選ばない側」


 彼女は、淡々と続ける。


「どれも、今の状況では最適ではありません」


「……じゃあ、今は何だ」


 彼女は、少しだけ考えた。


「未確定です」


「都合のいい言葉だな」


「ええ」


 はっきり認める。


「でも、あなたは昔から、

 未確定を嫌いませんでした」


 図星だった。


 決めないことで、

 責任を分散し、

 関係を保つ。


 それが、俺のやり方だった。


「……なあ」


 声が低くなる。


「もし、俺が“選べ”って言ったらどうする」


 彼女は、即答しなかった。


 それが、答えだった。


「その時は」


 ゆっくりと言う。


「あなたが選ばない理由を、

 先に整理します」


 苦笑が漏れる。


「相変わらずだな」


「お互い様です」


 窓の外では、村人たちが行き交っている。


 平和だ。

 統制されている。

 彼女の支配は、正しく機能している。


 そして、

 俺がここにいることで、

 それはさらに安定する。


 最悪なほど、噛み合っている。


「……今日は南を見てくる」


「お願いします」


 立ち上がる。


 背中に、彼女の声が届く。


「勇者様」


 振り返らない。


「答えは」


 一拍。


「今は、要りません」


 外に出ると、陽射しが強かった。


 剣の重みが、現実を思い出させる。


 俺は勇者だ。

 彼女は支配者だ。


 そして、

 互いに“分かっている”のに、

 何も決めていない。


 それは逃げか、

 戦略か。


 たぶん――

 両方だ。


 俺は歩き出す。


 答えを持たないまま、

 最も厄介な選択を、続けるために。

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