第2話
「武器だと……!? いや、ちょっと待て! それ以上近付くなッ!」
剣を持った男は切っ先をこちらに向けて威嚇している。さすがダンジョンの深層にやってくるだけあって、なかなかの用心深さだ。
「何ビビってんだよ。そんなもんこっちに向けんなって」
俺はお構い無しにダラダラと無防備に歩いて近付く。ただ歩いてくるだけの相手にいきなり攻撃できる奴はほとんどいないと知ってのことだ。
「な、何の用だ。いや、何者なんだお前は」
「こんな深い所までよく来たよなあ。大変だっただろ?」
ついに手の届く距離まで近付いた俺は、身構える男に馴れ馴れしく肩を組んで話しかける。当然質問は全て無視だ。
「離せっ……おい、明弘、こいつを」
「その剣もすげえよなあ。ちょっと見せてくれよ」
男が手に持っている剣に手を伸ばし、抜身の刃を素手で掴んで引き寄せる。ただ手に持っただけで傷付くほど柔な鍛え方はしていない。
「はあ!? 離せって、言ってるだろ……っ」
「見せろつってんだろ」
肩を組んでいた手を放し、抵抗する男の顔面に拳を叩き込む。男は剣から手を放して勢いよくぶっ飛び、壁に叩きつけられて倒れ伏した。これで剣ゲットだ。
「なっ!?」
「……っ!」
「ちょ、何やってんのよ!」
様子を窺っていた他の三人は戸惑っている表情ではあるものの、咄嗟に陣形を組んで剣呑な気配を放っている。さすがこんな所に来るだけあって対応力もなかなかだ。
「何なんだ一体……! おい、雄二! やるぞ!」
「雄二ってのはあいつか? しばらく起きねえだろ」
「……馬鹿な」
残った男は槍を構え目線を俺に固定したまま、後ろにぶっ飛ばされた男に呼びかけているが、当然反応は無い。一撃で気絶するようにちゃんと力を入れて殴ってやったんだ。
「その槍も良いよなあ。買ったら一千万ぐらいするんじゃないか?」
「く、来るな」
剣を放り投げ、槍を構える男に向かってまた無造作に歩く。しかしさすがにもうそのまま近付かせてくれることはなかった。
「来るなって……言ってるだろッ!」
槍の男は腰が引けていたが、どうにか気合を入れ直して大きく踏み込み槍を突き出してくる。俺はそれを無造作に掴んで止めた。
「おいおい、危ねえだろうがよ。こんなもんを人様にぶっ刺そうとするとは……これは没収だな」
「く、くそ! 離せ!」
男は槍を強く握りしめて離さなかったので、槍を強く引いて男を引き寄せ、ガラ空きのボディに膝を入れる。
「うぐっ……が、がはっ」
男は槍を手放して膝を突いた。槍もゲットだ。
早速俺の槍の柄で薙ぎ払い、男を壁際までぶっ飛ばす。
あの男はおそらくまだ意識があると思うが、動こうとしないということはもう心が折れたか。放置しても問題無い。
「何なのよ……何でこんな」
「い、嫌……っ」
あっという間に仲間の男二人を制圧されて、残された女二人は顔を青褪めさせて震えている。モンスター相手ならともかく、人間同士で本格的に争った経験は浅いのだろう。
気の強そうな茶髪の女は、大人しそうな黒髪の女を庇うように立って気丈にも俺を睨みつけている。
しかし女は二人ともスキルを使った戦闘がメインなのか、持っている武器ははっきり言ってショボい。これでは取り上げる意味が無いだろう。かといってそのまま追い返すのは少々温い。となると……カツアゲなんだから金か。
「よし。姉ちゃんらはそうだな、見逃してやるから金出しな」
「はあ!? 金って」
「も、持ってません……っ」
「嘘吐くんじゃねえよ。ほら、ジャンプしてみろ」
カツアゲを始めたときから言ってみたかったセリフを思いがけず言えてしまった。こんな所に来る奴は皆良い武器を持っていたから、実は金を取ろうとしたのはこれが初めてだったりする。
「ほらっ、持って、ませんっ」
「だから無いって言って……ちょっと千佳、言うこと聞かなくても」
気の強い女は反発してきたが、気の弱そうな千佳と呼ばれた女は涙目で何度か小さくジャンプした。しかし目的だった小銭の音は全く聞こえず、ただローブ越しでもわかる巨乳がたゆんたゆんと揺れるばかりだった。
「……ほう」
「な、何よあんた、どこ見て…………あっ、最低だコイツ」
「何だお前ら、小銭も持ってねえのか」
お面越しでもどこを凝視したのかわかるものなのだろうか。気の強そうな女に咎められてしまったが、これは知らんぷりするしかない。
「深く潜るのにお金なんか持ってきてるわけないでしょ! 余計な荷物は全部上に置いてきてるわよっ」
「ケッ、シケてやがんな。あー……じゃあもういいわ、さっさと帰れ。二度とここには来んなよ」
中途半端な対応になってしまったが、それでもこいつらは二度と来ないだろうから良しとする。
気絶している剣の男から鞘を奪って剣を収め、それと槍を持って俺も帰ることにした。
「ちょ、ちょっと! 返しなさいよ! 何持って帰ろうとしてんのよ!」
「何言ってんだよ。俺はこの武器をカツアゲしたんだぞ? もうこれは俺の物だ」
「なっ……いや、武器を……? もしかしてあんた、森宮の弁慶!?」
「そう、いかにも俺こそが森宮の……何? 弁慶?」
うっかり乗りかけてしまったが、何か変な異名みたいな呼ばれ方をしてしまった。
「森宮ダンジョンの奥で武器を強奪する謎の男がいるって噂は聞いてたけど……本当だったなんて」
「ああ、そりゃ俺だな。そんな噂になってんのか」
確かにやってることは弁慶だ。否定のしようが無い。
「なんでこんな事するのよ! それだけ強いならいくらでも稼げるでしょ!?」
「どうでもいいだろうがよ。それに俺に勝てないようじゃこの先に行っても死ぬだけだ。武器だけで済んで助かったと思っとけ」
「……っ」
ともかくこれ以上先には進めないだろうからミッションコンプリートだ。呆然とする女二人に見送られて来た道を戻る。
「はー、疲れた……。武器も増えたもんだ」
地下七十七階に着くと、奪ってきた二本の武器を雑に放り投げる。武器の山がまた少し高くなった。
まだカツアゲを始めて三ヶ月ほどしか経っていないが、もう武器は百本近くあるんじゃないだろうか。
日本三大ダンジョンの最下層に相応しい荘厳な空間は、俺の着替えを吊るしているハンガーラックと、雑に山積みにされた武器、そして髪の色と整髪料を落とすためのでかい金タライで雰囲気が台無しになっていた。
「これも面倒臭い……。今度からカツラでも被るかな……」
チンピラ衣装を脱いでパンツ一丁になり、次は頭を元に戻さなくてはならない。
魔法でタライに水を張り、さらに魔法の火で炙ってぬるま湯にする。あとはそこから小さい桶で掬ったお湯を頭をかけてからシャンプーをし、また桶で洗い流す。
なお、排水はこのために開けた穴からどこかへ流れていくので問題無い。
かなり雑な落とし方ではあるが、どうせまた後で家の風呂に入るのだからこれで十分。とにかく両親に金髪頭を見られなければそれでいいのだ。
どうせまだどちらも家に帰っていないだろうから、ここで落とさず家の風呂に直行してもいいのだが、一応念には念をというやつである。
「ふーい、終わった終わった」
「おつかれー」
直通ホールを通って自分の部屋に帰るが、俺にカツアゲをさせているマキアはこちらを一瞥もせず、だるそうに「おつかれ」と言うだけ。
はっきり言って非常に腹立たしいが、俺はマキアには逆らえない。俺はかつてマキアと森宮ダンジョン最下層で戦って敗れてしまい、その際に何でも言うことを聞くという魔法的な契約を結ばされてしまったからだ。
……しかし、やはりこのまま言いなりになり続けるのも忸怩たるものがある。どうにかこの軛を解き放って反旗を翻し、捲土重来を果たしてやるぞ……!
「んー? あっ、また強引に契約を破ろうとしてる! もー、ちゃんと言うこと聞いてよー」
「当たり前だ……! この俺をこんなショボい契約で縛り付けようなどと――」
「うーん、仕方ないなあ……。ちらっ」
マキアがTシャツの裾をぺろっと捲って、俺に見せつけるように白いお腹を露わにした。
「――片腹痛い……あっ、お腹。おへそが……腰のくびれが……」
「はいおしまーい」
「ああっ、そんな……」
もうTシャツを元に戻されてしまった。せめてあと五秒ぐらい……じゃない。またこの手で翻弄されてしまった……!
「揚太さー、さすがにちょろすぎだと思うな」
「おのれ……! 卑怯だぞ!!」
「ちらっ」
「むむっ……!」
俺がマキアに敗北した理由。そして良いように使われている理由。
それはマキアがあまりにも可愛すぎるから。とにかく俺の好みドストライクだからだった。
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