もし自分が人の役に立てるなら————
学梨学都 正月の癒し
寝て起きて、ご飯を食べて、学校に行って帰る。そんな日々をだらだらと過ごす男子高校生にとって、告白イベントは夢のように遠い存在だ。
恋愛漫画のように陰キャに優しい美少女が現れて次第に距離が近づいて結ばれたり、襲われていることを颯爽と助けて相手と恋に落ちるなんてことも無い。
そんな日々を送っていないのだから。
たとえもし、突然その時が訪れたのなら、
俺は————
「竹町くんのことが好きです! 私と付き合ってください!!」
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金曜日の放課後、部活に行く者とさっさと帰宅する者が教室から出ていくと、そこには俺と彼女だけが残った。
これは偶然起こったわけではない。昼休みに俺が彼女に呼び出されたのだ。
俺は
一方で彼女は
それにしても、なんで俺が呼ばれたんだろうか。
二人きりになって五分、長いようで短いような時間が終え、彼女が、やっと口を開いた。
「っ…………」
彼女は、何やらおどおどしていて、いつもの優等生オーラが一切感じられない。話しづらいことなのだろうか。
「…………っ、竹町くんのことが好きです! 私と付き合ってください!!」
「…………?」
———————スキデス? ツキアッテクダサイ? …………すきです、つきあってください…………好きです!? 付き合ってください!?
「えぇっ!? ちょっと待って! なんで!?」
「だって竹町くん、いつも私を助けてくれるから」
彼女は赤くなった頬を両手で押さえ、回想を始めた。
「最初、入学式の日、電車で痴漢されそうになったとき、助けてくれた」
入学式? 電車? ……まさか——
「竹町くん、つり革に掴まりながら寝てたから、はっきりと覚えてないんだと思う。お尻を触られて、スカートの中にまで手を出されそうになったときに、寝ていた竹町くんが痴漢にぶつかったの。それで痴漢が竹町くんに怒ったんだけど、私が「痴漢です!」って言って、なんとかなったって話」
「ありましたねそんなこと!!」
せっかく忘れかけてたのに、思い出してしまった!! 夜遅くまで動画見てて眠い眠いって思いながら電車に乗って。まあ座れたら寝れるでしょなんて思ってたけど、席は全部埋まってて、つり革だけは余ってたから立ちながら寝るかって寝たんだよな。でも電車が揺れたときにそのまま踏ん張りきれずに人とぶつかって相手の人を怒らせちゃって、めちゃめちゃ焦った。で、頭が真っ白になって、気がついたら学校にいたんだけ。え、あれってそういうことだったの?
「休日に財布をなくした私に、帰りの千円分の電車賃を貸してくれたこともあったよね」
ありましたねそんなことも!! 七千円もするばか高いシャーペンを買ってお金持ち気分で浮かれてたときに、「なんか彼女困ってるな、まだお金余ってるし、毎月千円以上もらってるし、そのくらい貸してやってもいいか」って軽いのりで貸したね!
翌日に返してもらったときに、「やべえ、女子に千円も貸しちゃったよ」って、自分が怖くなったんだよな。
「それと————」
「ちょっと待ってくれ!! まだあるのか!?」
「小学校のとき——」
「俺とおまえはおな小じゃねえよ!?」
自分の黒歴史が美少女を助けるというなんとも言いがたい辱めを受け、楠木さんをおまえと呼んでしまうくらい自分の激情を抑えられない。
「小学生のとき、私が中学受験に失敗してお母さんに叱られて、公園で泣いていたとき、あなたが慰めてくれた」
「今度こそ記憶にねえな!?」
小学校の頃の記憶なんてすっかり抜け落ちてしまった。
「家出してたの。電車の乗り方は知ってたから、それで遠いところに行こうとしたんだけど、なぜか三駅しか離れていないところで降りちゃったんだよね。とぼとぼ歩いて、泣いて。そんなときにあなたが話しかけてきたの。で、とにかく誰かに愚痴を言いたかったから、中学受験で失敗して怒られたって話したら、そんなこともできないのかって鼻で笑われちゃって、自分は受けたこともないくせに。それでもっと塞ぎ込んじゃった」
「ごめんなさい」
過去の俺ぇぇ!! 最低じゃねえか!!
でも、今目の前にいる彼女はおかしそうに笑っていた。
「でもね、その後あなたがなんて言ったと思う? 「友達と遊ぶ約束だったんだけど来ないし暇してたんだ。おにごっこをしようぜ!」って言って、私の手を引っ張ったの」
「…………」
いつの間にか、ヒートアップしていた俺の羞恥はどこかへ行き、俺は彼女の話に夢中になっていた。
「最初は嫌だったんだけど、だんだん自分勝手なあなたに腹が立ってきて、ボコボコにしてやろうって、夢中に走り回った。そうしたら、嫌なこと全部忘れちゃった」
彼女は俺を見た。彼女の瞳はまっすぐ俺を見つめていた。
「家に帰って「心配かけちゃってごめん」って、泣いている親に謝って、その後は私のことを尊重してくれるようになって、今では幸せなの。だからありがとうって、あなたに会うために休日はいつも公園に行ったんだけど、あれ以来会えなくて。だから、高校の生徒名簿であなたの名前を見つけたときはうれしかった。あなたは私のことを覚えてなかったし、お互いにあの頃とはすっかり変わってしまったけど、それでも私を助けてくれるから」
彼女は俺の手を握った。彼女の目とすがるような手が、俺みたいな普通の人間には重くて、現実味がなくて、でもほっとくことができない、不思議な拘束力を持っていた。
「竹町くんのことが好きです! もっと近くにいてほしい! もっと助けてほしい! もっとあなたに知ってほしい! 私があなたに恋い焦がれているってことを!!」
彼女の顔が、本気だと、そう言っていた。
「…………俺はそんなたいそうな人間じゃないよ」
気づいたら俺は口を開いていた。
「自分勝手で、めんどくさがりで、気分屋で、親や先生の小さな期待に応えられない。夢も目標もなくて、その場その場でやりたいと思ったときに行動するようなだめな人間だ。楠木さんを助けてたって言われても、全部偶然だ」
俺は彼女の手を離し、顔を下に向けた。自分に彼女とともに行く資格なんてあるはずがない。
「それでもあなたは————」
「でも、俺はうれしかった」
「————え?」
でも、必死に俺を奮い立たせようとする彼女だから、これだけは伝えたかった。
「今まで周りの人に迷惑をかけまくって、自分はおいて行かれて、世界が面白く感じられなくなった。けど、楠木さんが俺と同じクラスになって、世界が楽しく感じられた。正直「美少女と一緒の学校生活とか最高!」って浮かれて、お近づきになりたいって下心で近づいたりもしたけど————自分の知らないところで、自分が生きているってだけで、誰かの助けになれているって知って、生きていて良かったって思えた。うれしかった」
顔を上げて、まっすぐ彼女の目を見る。
「だから、俺は楠木さんが好きだ。特別何かしたってことでも、されたってことでもない————楠木さんがそこにいるってだけで、俺は幸せだ」
「じゃあ————」
「俺も楠木さんが好きです。もっと一緒にいたい、もっと遊びたい。俺と、付き合ってください」
楠木さんが勢いよくハグをしてきた。
俺と楠木の心が温かくなった気がした。
もし自分が人の役に立てるなら———— 学梨学都 正月の癒し @Patenntosann
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