第20話:血の花、命の種


 メグーちゃんは、足元に咲き乱れる真紅の花々を見下ろし、顔を引きつらせた。まるで血を吸って咲いたかのようなその花は、湿った空気の中で妖しく揺れ、彼女の銀髪に赤い光を反射させていた。


「物は試しだ」


 ミリアリアの声は静かだが、どこか王族の威厳を感じさせる響きを帯びていた。


「勝手なこと言わないでよ。もう、それに、私、今、お腹が空いていないわ」


 メグーちゃんはぷいと顔を背けた。先ほど地龍の肉片を口にしたばかりだ。だが、その言葉とは裏腹に、彼女の腹部からは…


 ぐるるるる。


 湿った空気を震わせるように、腹の虫が遠慮なく鳴いた。神殿の奥から滴る水音に紛れていたはずのその音は、場の空気を一瞬で変えるには十分だった。


 私は思わずケビンさんの方を見た。だが、すでにオーグさんが彼の耳を両手で塞いでいた。


「え、あ、何を?」

「てめェは知らねェでいい」


 その動きはまるで風のように素早く、さすがは一級冒険者。音よりも速く、仲間の秘密を守るその姿に、私は思わず感嘆の息を漏らした。


「さて、メグーよ。お主の口よりも腹の方が雄弁と見える」

「う、うるさいわね!」


 メグーちゃんは顔を真っ赤にして睨み返すが、その頬はほんのりと紅潮していた。


「それに、料理人のスキルが言っておるのだ。問題ないのだろう」


 オーグの言葉に、メグーちゃんは小さく唇を噛み、視線を泳がせた。


「…ケビンはどうするの?」


 その声はかすかに震えていた。彼女が気にしているのは、空腹でも、花でもない。ケビンさんに“あの姿”を見られることへの、少女らしい羞恥と恐れだった。


「ふむ。また少し離れていてもらおう」

「…わかったわ。それなら、もう、好きにして」


 メグーちゃんは肩を落とし、諦めたようにため息をついた。湿った空気がその吐息を重く包み込む。


「ふむ。では、ケビンよ」

「は、はい!」

「赤月花にスキルを発動してみてくれ」

「わ、わかりました!」


 ケビンさんが赤月花の前に立つと、花々がまるで彼を歓迎するかのように揺れた。目の前で隙間なく咲き誇るその花々は、まるで血の涙を流すかのように艶やかで、どこか人の目を思わせる不気味な光を宿していた。


 ケビンさんは喉を鳴らし、緊張を隠せない様子で私の方を振り返った。


「すみません…アニーさん」

「はい?」


 その声には、いつもの頼りなさとは違う、どこか切実な響きがあった。


「えっと…地龍を…生み出せますか?」

「え?」


 私は思わず言葉を失い、ミリアリアさんの方を見た。彼女は腕を組み、険しい表情で赤月花を見つめていた。


「やっぱり、やめておきましょう。地龍なんて、危険よ」


 メグーちゃんがすかさず口を挟む。だが、ミリアリアさんは静かに首を振った。


「いや…この赤月花…これで満開ではないのやもしれん。アニーよ、地龍を生み出してくれ」

「姉御ォ!?正気かよォ!?」


 オーグの叫びが、神殿の奥に反響する。すすり泣くような音が、まるでそれに応えるかのように一層強くなった気がした。


「もちろんだ。万が一の際は、また倒せばよい」

「簡単に言ってくれるぜェ!まったく!さっきも死にかけたじゃねェか!?」


 それでもミリアリアさんは、まるで王のように堂々と立ち、私を見つめていた。

 私はどう応えてよいか悩んでいると…


「…お母さん?どうするの?」


 メグーちゃんが不安げに私の袖を引く。私は彼女の顔を見つめ、問いかけた。


「メグーちゃんは良いの?えっと、我慢できそう?」

「ええ。別に、こんなのを無理に…と思うほどじゃないわ」


 その言葉に、私は小さく頷いた。だが、ミリアリアさんは譲らなかった。


「いや、ならん。これもお主らのためだ。スキルを広げるためだとわかってほしい」


 その言葉に、メグーちゃんはしばし黙り込んだ。そして、ふいに顔を上げる。


「もう!分かったわよ!女に二言はないわ!地龍が暴れたら!私が倒す!だから、安心して!」


「…万が一の際は、それでも構わん」

「ま、その大きさのメグーならよォ、地龍なんざ、敵じゃねェか」


 仲間たちの信頼が、私の背を押す。胸の奥にあった不安が少しだけ和らいだ気がした。


「ケビンさん、えっと、許可します」


 私の言葉と同時に、赤月花の中心にポンっと音が響き、巨大な地龍が現れた。地面が震え、苔むした石畳が軋む。だがその巨体は、咆哮と共に一瞬で萎れ、骨となって崩れ落ちた。


「伸びた…」


 その骸の下から、赤月花の茎がうねるように伸び、無数の種子を実らせていく。まるで命の終わりが、新たな命を呼び起こしたかのように。


「えっと、あの種子をアイテムにできるみたいです。おにぎり、チャーハン、カレーライスと具体的なアイテム名で選べますが、どうしますか?」


 ケビンさんの言葉に、皆が顔をしかめた。


「もう少し情報はないか?」

「うん、そんなのじゃわからないわ」

「すみません…名前しかわかりません」

「そう、相変わらず使えないわね」

「メグーよ、言い過ぎだ」


「響き的に…チャーハンが可愛いかしら」

「可愛いかどうかで決めちゃうの?」

「ええ、どれが何かわからないなら、もう直感で選んでも一緒でしょ」


 そんなメグーちゃんの言葉に、誰も異を唱えることはできない。

 なぜなら、ケビンさんが口にしたアイテムの数々、その正体を誰も知らないのだから。


 しびれを切らしたように、ケビンさんがミリアリアさんへ尋ねる。



「チャーハンで良いですか?」

「うむ。頼む」

「…すみません。あの、アニーさん」

「は、はい?」


「奈落草の種、ジャックス・ビーンズ、地龍、ガーリック、コカトリスの卵の許可をお願いします」


 私はミリアリアさんに視線を送る。彼女は静かに頷いた。


「きょ、許可します」


 次の瞬間、白い皿の上にポンっと音がして、ドーム状の種子の塊が現れた。

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