第2話:飛空艇と黒衣の騎士


 冒険者——

 それは、学歴も、魔力も、ロールも、人種さえも問われない、ただ「実力」だけがすべてを決める職業。

 

 貴族であろうと、平民であろうと、あるいは亜人であろうと、力さえあれば地位も名誉も手に入る。

 夢と希望が詰まった“冒険者ドリーム”を叶えるため、今日もまた、世界中の若者たちが、命を賭して未知なる地へと旅立っていく。


 なぜ、これほどまでに冒険者が重宝されるのか——

 それは、この世界の成り立ちに深く根ざしている。


 この世界には、未だ人の手が届かぬ“フロンティア”と呼ばれる未開拓の地が数多く存在する。

 そこに人が住めぬ理由は様々だが、大きく分けて二つある。


 一つは、魔物の存在。


 強大な力と縄張り意識を持つ魔物たちが巣食う地では、彼らを討伐しなければ人の営みは許されない。

 こうした地域は“要狩猟地域”と呼ばれ、そこに巣くう魔物を討ち果たすことも、冒険者の重要な役目の一つだ。


 もう一つは、マナの問題。


 人間が生きて活動できるのは、マナが満ちた土地だけ。

 マナが存在しない、あるいは極端に薄い地域では、数日と経たず命を落とす。

 そうした場所は“魔力圏外”と呼ばれ、そこに“マナステーション”を建てることで、人の活動圏を広げていくのもまた、冒険者の仕事である。




 ——そんな世界で、私は戦えない。


 私のロールは「農民」。

 女神から与えられた役割は、薬草を育てること。

 剣を振るう力も、魔法を操る才も、最初から持ち合わせていなかった。


 それでも私は、冒険者になりたかった。誰かに必要とされたいと願った。

 だからこそ、魔物を討つことはできなくても、マナステーションを建てて魔力圏外を縮め、人々の役に立とうと決めたのだ。


 地道に働いて貯めた金貨を握りしめ、念願の飛空艇を手に入れたとき、私は確かに夢の入り口に立っていた。


 冒険者登録も済ませ、胸を高鳴らせながら空へと飛び立った。

 さあ、これからが本当の冒険の始まり。そう思った矢先、私はすべてを失った。


 飛空艇は墜落し、荷物も装備も、夢さえも、空の彼方へと消えていった。


 私は、ただの「農民」に戻った。

 いや、それ以下だった。

 何も持たず、何もできず、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。


 そんな私を拾ってくれたのが、彼女たちだった。


「……なるほどのう」


 私の話を黙って聞いていたのは、海賊帽をかぶった女性。

 その姿は、まるで絵本から抜け出してきたかのようだった。

 金色の髪は陽光を受けてきらめき、蒼い瞳は深海のように澄んでいる。

 透き通るような白い肌は、触れれば壊れてしまいそうなほど繊細で、それでいて、どこか威厳を感じさせた。


「申し遅れた。我はミリアリアだ」


 その口調は、まるで老練な賢者のようで、年齢不詳の風格があった。


「あっ、わ……わた……私こそ失礼しました!わ……私はアニーと言います!」


 声が裏返り、顔が熱くなる。

 こんなに緊張したのは、いつ以来だろう。


「うむ。そっちの黒髪黒目黒腹のやつはフェイ」


「……あはは、アニーさん、よろしく」


 フェイと呼ばれた青年は、整った顔立ちに柔らかな笑みを浮かべていた。

 だが、その瞳の奥には、どこか冷たい光が宿っているように見えた。

 “腹黒”という言葉が、妙にしっくりきてしまうのが悔しい。


「客室を用意した。アニー殿は街に着くまで、そこで休まれるがよい」

「あ…あり」

「蟻?」

「ありが……とう……ございます!」

「ふむ。礼には及ばん。それよりも……客人に不躾なお願いとは思うが、街に着くまでの間、客室からは出ぬようにしていただきたい」


 その言葉には、どこか張り詰めた空気があった。

 理由を尋ねる勇気はなかった。

 私はただ、静かに頷いた。


「それじゃあ、アニーさん、こちらへ」


 フェイさんに導かれ、私は飛空艇の中を歩いた。

 廊下の鉄板には無数の傷と錆が浮かび、長い年月を物語っていた。


 それでも、どこか温もりを感じるのは、ここが“誰かの居場所”だからだろうか。


 やがて、生活感のある区画に差しかかる。

 干された洗濯物が風に揺れ、無造作に置かれた生活用品が、彼らの“日常”を物語っていた。


「アニーさん、ここが部屋だよ」


 案内された部屋は、飛空艇の中とは思えないほど広く、清潔で、温かみがあった。

 まるで、誰かが心を込めて整えたような空間だった。


「クーベの街までは、あと一日くらいかかるけど……お願いだから、この部屋からは出ないでね」


 その言葉には、どこか切実な響きがあった。

 私はただ、静かに頷いた。


 扉が閉まり、静寂が訪れる。

 鍵はかかっていない。

 けれど、私は出るつもりはなかった。


 私はそっとソファに腰を下ろし、目を閉じた。

 胸の奥で、まだ小さく灯る希望の火を、両手で包み込み、再び大きく膨れ上がらないようにぎゅっとする。そんな心境であった。


 ——こうして、私の新たな冒険は、思いがけない形で幕を開けたのだった。

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