星はいくつでしたか
麗妖|文豪パンダ
第1話
死後レビュー制度が始まったとき、多くの人は安心した。
人生が評価される。
それも、星五つまでの分かりやすい形式で。
努力は報われる。
誠実さは評価される。
善良な人間は高得点を得る。
そう信じられていた。
私も、そう思った一人だ。
だから私は、生き方を変えた。
危険な挑戦はしない。
失敗しそうな選択は避ける。
誰かと衝突しそうになったら、先に引く。
正義感は胸にしまい、波風を立てない。
職場では、空気を読む。
意見は多数派に合わせる。
間違っていると分かっていても、黙る。
誰も傷つけない。
誰にも嫌われない。
それが、星を落とさない生き方だった。
周囲からの評価は悪くなかった。
「いい人だよね」
「真面目だし」
「問題を起こさない」
私は、その言葉を信じた。
人生は採点される。
ならば、減点されないことが最優先だ。
恋愛でも同じだった。
本気になりそうな相手とは距離を置いた。
別れが揉めそうなら、最初から始めない。
誰も傷つけなければ、星は落ちない。
そうして、私は無事に人生を終えた。
事故でもなく、事件でもなく、老衰でもない。
平均的な死だった。
目を開けると、白い空間にいた。
目の前に、表示板が浮かぶ。
レビュー結果を表示します。
私は、少しだけ緊張した。
星はいくつだろう。
四か。
もしかしたら五か。
表示が切り替わる。
星二つ。
思ったより、低かった。
理由が表示される。
「大きな過失はありません」
「致命的な失敗もありません」
私は、ほっとした。
やはりそうだ。
無難に生きた結果だ。
だが、その下に、最後の一文が表示された。
「しかし、この人生には、評価すべき点もありませんでした」
私は、言葉を理解するのに時間がかかった。
評価すべき点が、ない。
善行はあった。
迷惑もかけなかった。
責任も果たした。
だが、評価すべき点はない。
係員らしき存在が、淡々と説明した。
「あなたの人生は、減点が少ないだけでした」
「加点要素が存在しません」
私は反論しようとした。
努力した。
我慢した。
耐えた。
だが、それらはすべて、失敗を避けるための行動だった。
何かを選び、何かを賭け、何かを失う。
そういう瞬間が、私の人生には一度もなかった。
「安全運転でしたね」
「ただし、目的地には向かっていません」
係員はそう言って、次の画面を出した。
公開レビュー欄。
「良くも悪くも、印象に残らない人生」
「誰の記憶にも残らない」
「再視聴する価値なし」
私は、ようやく理解した。
人生は、間違えなければ評価されるわけではない。
無難であることは、価値ではない。
星一つの人生は、失敗した人生だ。
だが、星二つの人生は、挑戦しなかった人生だ。
そして、それは、最も評価しづらい。
係員が最後に言った。
「次回は、もう少し何かを選んでください」
次回。
その言葉が、最も残酷だった。
私は、生き直すことを許されなかった。
ただ、低評価の人生として保存されるだけだった。
星二つ。
それは、失敗よりも恥ずかしい点数だった。
誰も怒らせず、
誰も愛さず、
何も壊さなかった人生。
その結末は、
誰にも必要とされなかった。
人生は、採点される。
だが、安全運転だけでは、
決して高得点にはならない。
それを知ったときには、
もう、生きる時間は残っていなかった。
星はいくつでしたか 麗妖|文豪パンダ @riyounovel
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