第3話 街は、優しくなかった
森を抜けた先に現れたのは、踏み固められた一本の道だった。
獣道ではない。人の足と、車輪によって作られたものだ。
「……本当に、人がいる」
遠くに見えるのは、木造の建物が集まった小さな街。
低い柵がぐるりと囲み、簡素な門の前には、槍を持った男が二人立っていた。
街――と言うには小さいが、村と呼ぶには人の気配が濃い。
俺は足を止め、後ろを振り返った。
「ここから先は、森とは勝手が違う。
無理に前に出なくていい」
四人は小さく頷いた。
だが、その表情は森にいたときよりも明らかに硬い。
門へ近づくと、門番の一人がこちらを見て眉をひそめた。
「……なんだ、お前ら」
視線は、俺ではなく子供たちに向いている。
服は汚れ、荷物もほとんどない。
どう見ても、訳ありの集団だ。
「旅の途中だ。少し休ませてほしい」
「子供連れか?」
「ああ」
門番は四人を値踏みするように眺め、鼻を鳴らした。
「孤児だな?」
一瞬、言葉に詰まった。
そのとき、胸の奥がかすかに熱を帯びる。
《エスティア》
はっきりとした音はない。
ただ、感覚だけが静かに広がった。
俺は一歩前に出る。
「俺が保護者だ」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「この子たちは、俺の責任で連れている」
門番は俺の顔をじっと見た。
さっきまでの軽い侮りが、わずかに薄れる。
「……面倒を起こすなよ」
そう言って、門を開けた。
街に足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。
視線。
好奇心。
警戒。
そして、遠慮のない侮蔑。
特に子供たちに向けられるそれは、容赦がなかった。
俺は歩調を落とし、低い声で言う。
「大丈夫だ。離れるな」
不思議なことに、四人は自然と俺の周囲に集まり、歩調を揃えた。
誰も人にぶつからず、誰の邪魔にもならない。
――《エスティア》だ。
意識せずとも、互いの距離感が最適化されている。
街の中央に近づくにつれ、匂いが増えた。
焼いた肉、香辛料、焼き立てのパン。
露店の前で、小柄な子が無意識に喉を鳴らす。
「……昼にしよう」
俺は露店の主人に声をかけた。
「四人分と……俺の分を」
パンと、具の少ないスープ。
贅沢ではないが、温かい。
路地裏の空いた場所に腰を下ろし、食べ始める。
その瞬間、はっきりと分かった。
四人の肩から、力が抜けていく。
目の動きが柔らぎ、呼吸が深くなる。
――食事だ。
一緒に食べる。
それだけで、空気が変わる。
《エスティア》が、確かに働いている。
「……ここ、嫌い」
年長の少年が、ぽつりと呟いた。
「分かる」
俺は即答した。
「でも、必要な場所だ」
金も、情報も、仕事も。
全部、ここにある。
食べ終えた直後、荒い声が飛んできた。
「おい」
振り返ると、兵士らしき男が立っていた。
視線は、子供たちに釘付けだ。
「その子供たち、身分は?」
「俺の連れだ」
「証明は?」
「ない」
一瞬、空気が張り詰める。
兵士の手が、剣の柄にかかった。
そのとき、四人の動きが完全に止まった。
逃げない。
構えない。
ただ、静かに状況を見ている。
――戦える。
本能的に、そう分かった。
だが、それは選ぶべき道じゃない。
「問題を起こすつもりはない」
俺は、ゆっくりと言った。
「この街に害をなす気もない」
兵士は俺を睨みつけ、数秒の沈黙の後、舌打ちした。
「……分かった。
だが、目はつけさせてもらう」
そう言い残し、去っていく。
俺は、深く息を吐いた。
「大丈夫だ」
四人を見て言う。
「ここでは、俺が前に出る」
四人は何も言わず、頷いた。
その瞬間、胸の奥の熱が、はっきりと形を持つ。
《エスティア》
昨日より、確実に強い。
理由は明白だ。
一緒に食べた。
一緒に歩いた。
そして――守ると決めた。
まだ、俺は何者でもない。
英雄でも、勇者でもない。
それでも。
この四人といる限り、
ただの転生者で終わるつもりはなかった。
街は、優しくない。
だからこそ、ここから始める。
――五人の居場所を。
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