三度目の人生は「物理」で殴る。~元社畜で伝説の魔導師だった俺、辺境の最弱少年に転生して世界をシステムごと破壊する~
葦原 蒼紫
第0話 Re:ブート・エラー/反逆の魂魄重量《ソウル・ウェイト》
世界は、クソったれなシステムで出来ている。
誰が決めたかも分からないルール。
どこから湧いてきたかも知れない常識。
そして、それらを絶対の正義として振りかざす「
俺はずっと、その巨大な歯車の中で押し潰され、磨耗し、やがて塵になるだけの存在だった。
……ああ、思い出したくもない。だが、魂にこびりついた「澱」が、走馬灯のように俺の脳裏を駆け巡る。
一度目の人生。
場所は極東の島国、日本。時代は21世紀初頭。
俺は「社畜」だった。
朝7時の満員電車。肋骨が軋むほどの圧縮率。死んだ魚のような目をしたサラリーマンの群れ。
会社という名の牢獄で、俺はひたすらキーボードを叩き続けた。
「納期を守れ」「仕様変更だ」「予算がないから工夫しろ」「サービス残業は美徳だ」。
ふざけるな。
俺の人生は、エクセルのセルを埋めるためにあるんじゃない。
だが、俺には逆らう力がなかった。生活という人質を取られ、常識という鎖に縛られていたからだ。
そして最後は、深夜3時のオフィス。
蛍光灯の白い光が点滅する中、俺の心臓は安っぽいパンク・ロックのリズムを刻み――唐突に、ドラムスティックを折った。
過労死、ゲームオーバー。
薄れゆく意識の中で、俺はモニターに映る未完成のプログラムコードに中指を立てた。
(……次はねぇぞ。もし次があるなら、俺はもう誰の言うことも聞かねぇ。このふざけたシステムごと、物理で殴り壊してやる……)
二度目の人生。
目が覚めると、剣と魔法のファンタジー世界だった。
テンプレ通りの異世界転生。だが、神様からのチートギフトなんて気の利いたものはなかった。
代わりに俺が持っていたのは、前世の記憶と、異常なまでの「魔力」、そして狂おしいほどの「反骨心」だけ。
俺は笑った。
魔法? なんだそれは。この世界の魔術師どもは、「火よ出ろ」と念じるだけで満足していやがる。
ちゃんちゃらおかしいぜ。
現象には理屈がある。火が出るなら燃焼の三要素が必要だ。雷を落とすなら電位差を作ればいい。重力を操るなら、空間の歪みを計算式で叩き出せ。
俺は前世の義務教育と、趣味で読み漁った科学雑誌の知識を、魔力という燃料でドライブさせた。
結果――俺は「破壊の魔導師」と呼ばれ、やがて世界を恐怖させる「魔王」として君臨した。
気に入らない王を消し炭にし、腐敗した教会を更地にした。
最高にロックだった。自由だった。
だが、この世界にも「システム」はあった。
勇者という名の「運営の回し者」。聖剣という名の「バランスブレイカー」。そして、ご都合主義という名の「シナリオ補正」。
俺は世界中の国々を敵に回し、大戦争の果てに――勇者パーティにハメられ、次元の狭間に封印された。
(……ッ、クソが! 結局は「正義」が勝つように出来てんのかよ! つまらねえシナリオ書きやがって!)
そして時は流れ、現在。
約400年の時を経て、俺の意識は再び浮上しようとしていた。
冷たい。
痛い。
泥の味がする。
全身の骨が悲鳴を上げている。魔力回路は錆びついた水道管のように詰まっている。
なんだ、この貧弱な身体は。
俺の魂を受け入れた器――「ノア」とかいうガキの記憶が流れ込んでくる。
辺境の貧民街。親はいない。才能はあるのに、魔力制御が下手で「無能」と呼ばれた少年。
貴族に虐げられ、泥水をすすり、それでも幼馴染の少女を守ろうとして、今まさに蹴り殺されようとしている最弱の存在。
(……ハッ。笑えねえ冗談だ)
深淵の底で、俺の二つの記憶がリンクする。
社会に殺された社畜の俺。
理不尽な正義に封印された魔王の俺。
そして今、貴族の靴底に踏みつけられている少年の俺。
ブチリ、と何かが切れる音がした。
いい加減にしろよ、運営。
何度繰り返せば気が済むんだ?
弱者は強者の養分? ルールに従う者が救われる?
そんな眠たい講釈は、シュレッダーにかけて燃えるゴミに出したはずだろ。
三度目の正直だ。
もう、我慢も、自重も、遠慮もしねえ。
この「ノア」という身体は弱いかもしれない。だが、中身は歴戦の魔王と、現代知識を持った社畜のハイブリッドだ。
ドクンッ……!!
止まりかけた心臓を、魔力による電気ショックで無理やり再起動させる。
痛覚神経? アドレナリン分泌で遮断だ。
折れた骨? 魔力糸で縫合して補強しろ。鉄筋コンクリートより硬く繋いでやる。
俺は、泥の中で目を見開く。
視界の端に映る、雨に濡れた世界。
そして、俺を見下ろしてニタニタ笑っている豚のような貴族の顔。
(……ああ、いい「的」がいるじゃねえか)
身体の奥底から、ドス黒いマグマのような力が噴き上がってくる。
これが俺だ。
これが俺たちだ。
さあ、反撃の狼煙を上げろ。
世界というシステムに、風穴を開ける時間の始まりだ。
「……クッ、クックッ……ヒャハハハハ!!」
喉から漏れ出したのは、狂気と歓喜が混じり合った、魔王の哄笑だった。
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