魔法使いの弟子の秘密

丸山 令

それが真実であることを、本人は知らない

 年の暮れになると、王都の中央広場では毎年マーケットが開かれる。


 食品や日用雑貨など、生活必需品の他に、骨董品や装飾品、武器や防具、魔法具など、普段見かけない商品が置かれることから、マーケットは連日賑わっていた。


 その立ち並ぶテントの一角。

 婦人が一人、その店の主人を冷やかしている。


「相変わらずおかしな色の髪だねぇ。フィン坊や」


「オレから見たら、おばちゃんの髪の色のだって変わっていると思うけどね。茶色から金色に変わって、先っちょだけ白いなんて、カラフルでオシャレだね」


「おや。生意気だよ。この坊は。どれ。そこの手鏡を一つ貰っていこうかね」


 そう言って、婦人はフィンに銀貨を手渡した。フィンはにこにこ笑いながら釣銭の銅貨を返す。


「お。まいど。さっすが見る目があるねぇ!そいつはオレが作ったんだ。裏側の細工が見事だろ?」


「砕いたガラスが綺麗だねぇ」


「これガラスじゃなくて、実は魔法具に使うために削り出した魔法石のカケラさ。毎日使うと若返るよ」


「あはは。相変わらず商売上手だよ。そういやアンタ、魔法使いの弟子だったっけ?」


「そうさ?あの山に住む『有益の魔法使い』に仕えているんだ」


 老婦人は、まるで信じていないかのように笑ったが、簡単に包装されたその手鏡を受け取ると、大事そうに鞄にしまった。


「子どもでも魔法使いの卵が作った手鏡なら、きっと良いものに違いないさね」


「ああ。滅多に売り出さないからね。是非毎日使ってみてくれよ」


「はいよ」


 手を振りながら去っていく婦人を見送ると、フィンは座って別の客がやってくるのを待つ。


 と、路地裏からぼろぼろのなりをした少女が顔を出した。

 彼女の手には花籠。

 どうやら花を売っているようだ。


「おじちゃん。お花を買ってくれない?」


 フィンは立ち上がって、少女に銅貨を手渡した。


「これは良い花だ。これで買えるだけ頂こう。それから、これをつけて行くといい。夜になると光って、お前さんの足元を照らしてくれるよ」


 売り物のブローチを少女の胸につけると、少女は驚いたようにピカピカひかるブローチを眺める


「おじちゃん。ありがとう」


 手を振る少女を見送って、フィンは受け取った野草を、売り物の花瓶に飾った。


 次にやってきたのは、若い女性の集団。

 装飾品を手にとって、楽しげに品定めをしていたかと思えば、唐突にフィンにウインクをした。


「このブレスレットを一個づつ買ってあげる。その代わり、お兄さん、店が終わったら、アタイらと遊ばない?」


「そいつぁ嬉しいお誘いだが、オレなんかにゃぁ関わらない方が身のためだ。知ってるだろう? 捨て子のフィン、親なし子のフィン、道端に落ちてた卵から生まれたフィンってのは、オレのことさ」


「何それ。ウケるー」


「お兄さん面白いね」


「ありゃ? 今の若い子たちは知らないかな?」


「何言ってんの?どう見たって、アタシらとおんなじくらいの歳なんだけど〜?」


「まぁ、また終わる頃に顔出すよ」


 ギャルたちは、フィンに銀貨を払うと、ブレスレットをそれぞれの腕にはめ、マーケットの中に消えていく。


 フィンは、自身の左腕にはめている腕輪を見た。


「やれやれ。師匠の作ったこの、相手の好みの年齢に見える魔法具、店番するには本当に便利だな。おかげで年越しの料理は、奮発できそうだ。師匠の好きなりんごを多めに買って帰るか」


 日が沈む前に、準備した小物を全て売り終えたフィンは、目をつけていた店で食料品を買い込むと、師匠の待つ城へ馬を走らせた。



「有能の魔法使いよ。今度の薬も、素晴らしい出来であったぞ」


 玉座に座る国王は、ふかふかした真っ白な髭を撫で付けながら、ふぉっふぉっと機嫌良く笑った。


「ありがたきお言葉」


 目の前で膝をおる少女。

 国王は満足げに笑う。


「それはそれとして、だ。お主に任せたあの卵。孵ってから、もうどれくらいになったかな?」


「かれこれ三十年ほどでしょうか?」


「ふむ。たまにこちらに顔を見せるが、良い子に育ったようだな」


「はぁ。まぁ。口は良く無いが、悪い子じゃ無いですよ」


「うむ。フィン=ドラグアイとか言ったか? 今後も反逆せぬよう、しっかり手綱を握るように」


「……御意に」


 面倒くさそうな顔を隠すように頭を下げて、『有能の魔女』ゲルトルーデ・ハンネローレ・シュトゥッケンシュミットは、王の間を辞した。

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