昂拳姫~英雄になりたくなかった転生者が、女神の尻拭いをする話~
博夜
序章 白銀の転生者、二度目の人生へ落ちる
……俺は死んだ。
理由を聞かれても困る。
ただ道を歩いていただけなの
に、横断歩道で足を滑らせ、
顔面からダイブしたその瞬間、
タイミング悪く車が突っ込んで
きた。
……俺の人生、なんでこうなる?
気がつくと、周囲は真っ白だった。
部屋でも空でもなく、ただ“白い”という概念だけが広がる空間。
目を凝らすと、少し離れた場所に“誰か”がいた。
輪郭はうっすらとしているのに、そこだけ色があるように見える。
『あっ? 気がつきました?♡』
間の抜けた声だ。
「……誰……だ?」
『一応これでも、――女神――なんです』
申し訳なさそうに眉を下げ、ぎこちなく笑う少女。
その表情は“神”というより、バイトの研修初日の店員に近かった。
「夢……なのか?」
『いやぁ……その……手違いでして……ここに来てしまったようで……』
手違い?
話を聞く限り、どうやら“別の魂”を呼ぶ予定があったらしいが、
彼女――自称女神は標準を間違えたらしい。
本来なら俺は死ぬ予定じゃなかった。
しかし“転んだことで死ぬ流れ”が発生し、呼び寄せた魂と俺が入れ替わってしまったとのこと。
……いや、転んだのは俺だけどさ。
「一つ聞く。誰と間違えたんだ?」
『えっとその……あなたが踏んでしまった“蟻”でして』
「ふ〜ん、蟻か……――って、人じゃなくて虫ぃぃぃぃ!?」
思わず怒鳴る。
すると女神は、なぜか俺以上に声を張り上げた。
『だ〜か〜ら!! アナタを優遇(チート)扱いにするから、それで勘弁ね♡』
全然誤魔化せてない。
というか、テキトーさに磨きがかかってきている。
『ふ、ふ〜ん……アナタの事は何でも分かるのです。なんたって――女神――ですから!!』
何―女神―のところでドヤ顔してるの?
はい、駄女神確定。
『え〜っと……アニオタで、彼女いない歴=年齢っと!』
「言うな!!」
『よし! なら次は彼女に困らないようにしてあげる! スキルはこれと……これ!』
「いや俺の意見は!? 聞いてくれ! 本当に!!」
女神はきょとんとした顔で首を傾げる。
『へっ?』
そして次の瞬間、はっと目を見開いた。
『あっ!? いけない、もう時間がない!!』
「待て! 話が──」
『という事で! 二度目の人生、がんばってね♡』
「はぁ!? おい──!」
言葉を飲み込むより早く、光が俺を包み込んだ。まるで強制的にページをめくられるように、意識が途切れていく。
こうして俺、鋼弥 昂(はがねや・こう)は
異世界ルクシリウスにて白銀の赤子
“スヴァルフィア・S・ポートレス“
として、泣き声とともにこの世界へ生まれ落ちた。
(駄女神め、絶対忘れねぇからな。)
第1章 魔闘志と呼ばれた少女
白い大理石の床。天井から降り注ぐ光は、神聖という言葉そのものだった。
スヴァルフィア・S・ポートレス(スバル)は王都大聖堂の中心に立っていた。
十歳。
この世界、ルクシリウスにおいて
「人生の歯車が決まる日」
――Job鑑定の儀式――
足元の魔法陣は、まだ沈黙している。だが、周囲から注がれる視線は、すでに痛いほどだった。
(……静かだな)
不思議なほど、心は落ち着いていた。
この場所に立つのは初めてのはずなのに、胸の奥にあるのは緊張ではなく、どこか既視感に近い感覚。
(そういえば……)
最初に「自分がおかしい」と思ったのは、いつだったっけ。
視界の端で揺れる光が、
ふっと遠のいていく。
――記憶が、沈む。
■回想:三歳の春
三歳。
それはスバルが、
「自分が何者か」をはっきりと認識した年だった。
屋敷の廊下。
背丈の低い、装飾の少ない鏡の前で、足を止めた時のこと。
そこに映っていたのは、
白銀の髪を持つ幼い少女。
丸い頬。柔らかな輪郭。
どう見ても――女の子。
「…………」
その瞬間、頭の奥で何かが噛み合った。
否定も、混乱も、なかった。
いや――混乱というより、
ぶつけようのない怒りが、じわりと込み上げてくる。
(……あの駄女神……)
てへぺろしながら謝っている姿が、
ありありと想像できてしまうのが腹立たしい。
(……ああ)
(俺、女になってる……)
驚きはなかった。
(あの駄女神、やりやがったな……)
確かに「女に不自由しないようにする」とは言っていた。
だが――
(てっきりイケメン男子でハーレムだと思うだろ!?
女になってどうすんだよ!!)
現代日本で“男だった”という記憶は、
夢のように、しかし確かに残っている。
それでも――
妙に納得してしまう自分がいた。
いや、正確には
無理やり納得せざるを得なかっただけだ。
違和感しかない。
それなのに――
(……この身体、動きやすい)
そんな感想が、先に浮かんだ。
この時点で、
自分の感覚が普通からズレていることに、
まだ気づいてはいなかった。
その日の午後。
スバルは、気づけば父アルディオスの書斎にいた。
本来なら、子どもが入っていい場所ではない。
だが、なぜか扉は開いていた。
(……入れちゃったな)
そう思いながら視線を巡らせ、
部屋の奥に飾られた一本の剣に目が留まる。
黒く、鈍い光を放つ刃。
静かに、しかし確かに「格」の違いを主張する存在。
(……かっこいい)
気づけば、小さな手が伸びていた。
触れた瞬間――
――世界が、裏返った。
(……なに、これ)
視覚でも、感覚でもない。
理解だった。
剣の形ではなく、
剣を構成する“内側”。
《鉄――Fe
添加元素――V
結晶構造、配合比、応力……》
知らないはずの知識が、
最初から知っていたかのように流れ込んでくる。
その時――
扉が開いていることに気づいた父アルディオスが、
書斎を覗き込んでいた。
だが、スバルは気づかない。
(……へぇ)
恐怖はなかった。
あるのは、純粋な好奇心。
そして――
“ほどける”という感覚を、なぞった。
ぽふっ
剣は音もなく、
鉄とバナジウムへと分解され、
空中で粉となって崩れ落ちた。
時間が止まる。
「スヴァルフィア――!!」
父アルディオスの叫び。
だがスバルの意識は、
ただ自分の手に向いていた。
(……あれ)
(ばらした、だけ?)
壊したという感覚はない。
取り返しがつかないとも思っていない。
ただ――
(……おもしろい)
その感情だけが、
はっきりと残っていた。
その傍らで、
アルディオスは崩れ落ちる。
「王より賜った剣が……
剣がぁぁぁ……」
――そして。
記憶は、再び現在へ戻る。
王都大聖堂。
十歳のスバルは、静かに立っていた。
あの日、鋼を分解した少女が、
今まさにJobの名を与えられようとしていることを、
まだ知らないまま――
否。
――実は、知っていた。
五歳の頃。
魔力操作や分解、構築の練習をしていた時、
冗談半分で唱えた言葉。
「ステータスオープン!」
本来、この世界――ルクシリウスでは、
ステータスはJob鑑定の儀式で初めて確認できる。
だが――
「……え?」
「嘘……見えちゃったんだけど」
そこに表示されていたJob名を、
スバルははっきりと覚えている。
再び、現実。
瞳を閉じ、俯く。
目の前には司祭。
背後には、貴族や見物人たち。
ポートレス家の令嬢が、
どんなJobを授かるのか――
誰もが固唾を呑んで見守っている。
「親愛なる女神ルフェリオよ。
この者に、Jobを与えたまえ」
(……あの駄女神、ルフェリオって名前だったのか)
司祭の手にした水晶が、強く光り輝く。
その上部に、文字が浮かび上がった。
当然、多くの者が思っていた。
――錬金術師だろう、と。
やがて、司祭が声を張り上げる。
「そのJobは――
魔闘志(まとうし)!?」
「……え?」
「魔闘志?」
「聞いたことがない……」
「ハズレ職じゃないのか?」
ざわめく空気。
父アルディオスは青ざめ、
今にも泣きそうな顔で執事アルフレッドに支えられていた。
――だが。
当人は、まったく気にしていなかった。むしろ、どこか楽しそうにすら見える。
(前世の“武”が、活かせる)
この日のために――
五年間、魔力操作と身体鍛錬、呼吸法を
人知れず積み重ねてきたのだから。
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