笑う門には幸来る!

億楼

第1話 笑顔が似合うキミ

今は春三月、桜が舞い散る季節。

山崎大雅(やまざきたいが)は不良仲間と根性試しに階段から飛び降りた。


「え?」


間抜けな声が一瞬聞こえる。

大雅の先には目を丸くしたクラスメイトが立っていたのだ。


「痛え!」


盛大にぶつかった。

クラスメイトの女子は持っていたプリントを撒き散らし倒れ込む。一方、大雅は両手で頭を押さえて床でジタバタする。


「ごめんね、大丈夫?」

「立ち止まってんじゃねぇよ、頭打っただろくそっ」


痛みから怒りが沸く。


「ぎゃはは!大雅〜それはねぇ!」

「最低すぎ」


立ち上がって落ちているプリントを一枚拾い、ぐちゃぐちゃに破き散らす。


「これであいこな。じゃー」


不良仲間たちと空き教室に向かう大雅。

周りの視線は冷たく痛い。

空き教室につくと、すぐにドアのロックを閉めた。


「なぁ、さっきの子。お前のクラスメイトだろ?」


坊主頭に薄く剃られた眉毛が特徴的な永野龍臣(ながのたつおみ)。


「んー、そうだっけか」

「俺と委員会一緒なんだよ」

「じみぃなやつだし覚えてねんだろ大雅!」


金髪に右耳にピアスをしている神田柳(かんだやなぎ)。


「悪りぃかよ」


小馬鹿にするよう笑いながら柳と話す。


「チクられたら終わりだぜぇ?」

「そん時はそん時だろ」

「危機感ゼロか」


授業の予鈴が鳴る。

大雅のクラスは移動教室で空き教室の前を次々とクラスメイトたちが通って行く。もちろん先程ぶつかった女子も。

友だちと楽しそうに話しながら笑顔で廊下を歩いている。


「…」

「あの子って良い笑顔するよな」

「惚れてんのかよ龍臣!マジかお前!」

「違う!そう言う事じゃない」

「いいんじゃね?告っちまえよ。今日」


いつもの悪ノリ。これで何人を泣かせてきたのだろうか、数えるのも面倒だ。


「はぁ、わかった」


乗らなければ、龍臣はあの女子に本気だと言う判定になる。揶揄われるのが好きじゃない龍臣はそれだけは避けたかった。

休み時間になり、移動教室からクラスメイトたちが教室に戻って行く。


「早く行けよ」

「行け!行け!」


空き教室から龍臣の背中を押す柳。

ちょうどあの子の前に出た。


「あっ、その。放課後、ここ来て」

「委員会の話?それなら今でも」

「今は無理だから」

「分かった、じゃあ放課後に」


微笑み返される。

龍臣は罪悪感に押し潰されそうになった。教室に向かうあの子の後ろ姿をしばらく見つめ、また空き教室に入る。


「分かった、じゃあ放課後に♡だってよぉ!」

「ははっ!笑える。放課後が楽しみだなこりゃ」


放課後、龍臣は気を紛らわせるために爪をいじっていた。ささくれから血が出てくる。

大雅と柳は図書室から龍臣と通話して状況を楽しむそうだ。


「ごめんね、お待たせて」

「うおっ、全然待ってない」


スマホ越しに笑いを堪える大雅と柳。


「あの、えっと」

「私、華山幸(はなやまこう)。ちゃんと話した事ないから、分からないよね」


龍臣と話せる事が嬉しいのか照れ笑いをする幸。龍臣は謝る事すらできない。


「幸さん…お、俺。幸さんの事が好きです!付き合ってください!」


冷や汗をかいて勢いよく声に出す。大雅と柳は声を殺して爆笑していた。


「えっと、紙に書いてもいい?」

「はっ…?いいけど…」

『永野さんが傷つかない方法はある?』


見透かされていた。

それもそのはず、幸は視力と聴力に長けている。龍臣のスマホから聞こえる笑い声は幸の耳に入っていた。


「なんの話?」

『分かってるよ嘘告白なの』

「目玉焼きって醤油派?ソース派?」

『ごめん』

「…俺はソース」

『謝らなくていいよ』

「私は醤油わかれたね」

『ありがとな。俺の告白オッケーして欲しい、後でネタバラシ的なの来ると思うから』

「ソースは譲れねー」

『任せて ・u・ 』

「醤油も譲れないよー?」


変な落書きに口元が緩む龍臣。


「告白、嬉しい。私も付き合って欲しいな」


ドキッした。

嘘じゃない事が一つだけある。幸の笑顔が本当に良い笑顔だと言う事だ。守りたくなるような、ずっと側にいたいと思えるような。そんな笑顔。


「だーっはははっ!」

「我慢できねぇ、はははっ!」


廊下からドタドタと足音が近づいて来る。幸は紙をポケットにしまった。

バーンとドアが乱暴に開けられる。


「ざーんねぇん嘘告でしたぁ!」

「龍臣がお前みたいなの好きになると思うか普通!」

「あーやべぇ、腹いてぇ!」

「おい、お前ら言いすぎだ」

「ごめん、私。思い上がってたみたい。そうだよね、普通に考えたら分かるよね」


演技で乗り切る幸。

そそくさと空き教室を出て行った。


「はー、笑った笑った」

「…そうだな。まんまと騙されてた」

「龍臣も悪だな!」


靴箱。龍臣は一人で帰る事にした。大雅と柳は他校の生徒との喧嘩の件で生徒指導を受けている。


「幸、さっき空き教室で龍臣と話したんだって?なにしてたの?なんかされなかった?」

「うーん」


きっと悪口を言われるだろうと、靴箱越しに聞き耳をたてる。


「委員会の話だよ。あと永野さんはソース派なんだって」

「えっ?ソース?なにそれ気になる」


予想外な言葉に罪悪感だけが残った。明日また日を改めて謝ろうと思った。


翌日、早朝。


龍臣は幸の居る一組教室を覗く。そこには幸ともう一人の生徒がいた。だが、ここで幸を呼び出すと変な噂が立ちそうだ。


「おっはよー、華山さん☆」


龍臣が教室前をうろちょろしているとまた生徒が来た。確か一組の生徒代議委員、五十嵐誠(いがらしまこと)。大雅たちとは違い、いい意味で目立ち一目置かれている生徒だ。


「おはよう」

「どう、今日も俺かっこいい?」


幸は微笑む。


「うん、かっこいいよ」

「思ってないでしょー」

「えっ!ちゃんと思ってるって!」


一気に入りづらくなった。龍臣が自分の教室に戻ろうとしたその時、


「華山さんって二組の永野?に振られたんだよね」


誠が確かにそう言った。

龍臣は足を止める。


「そうだよ、振られちゃったけど。あはは」

「ああ言うのがタイプなの意外」

「永野さんって優しいんだよ」

「へー、そうなんだ。でもさ噂広がってる、大丈夫?」

「私は大丈夫だけど…永野さんに申し訳ないかな」


龍臣は拳を握って二組教室に向かった。

教室に着くとドンと席につき、顔を隠すように顔を下に向ける。


「一組の女子に告られたんだって」


違う


「タイプじゃないから振ったんでしょ?」


違う


「しかもその女子、ギャン泣きしたってさ」


違う違う違う違う違う…!

心の中で何度も叫ぶ。これは大雅と柳の悪ノリだ。そうに違いない。だが、今回はいつもと違う。ネチネチとしつこい悪ノリ。龍臣は乗らなければよかったと、初めて心の底から思った。


「たっおみくーん、遊びましょう」


大雅と柳が二組教室に来た。


「ああ、だな」

「話、聞かせろよなぁ」


立ち入り禁止の屋上。

心地よい風が大雅と柳の髪を流す。


「噂が流れてた」

「流したんだよ、おもしれーだろ?」

「なんか今回はしつこくないか」

「んな事ねぇって!気にしすぎ!」


龍臣は遠くの木を眺めた。


「それならいいんだけど」


三時限目の体育に参加する大雅と龍臣。

人数の関係から一組と二組は合同で、もちろん幸もいる。


「華ちゃん見てて!俺、華ちゃんのためにシュート決めます!」


一組の原中光輝(はらなかこうき)。クラスLINEで幸に誤字を送って、仲良くなった。


「原中さん頑張れ!」

「あー、入らないかった!」

「惜しかったね」


体育館ステージからその姿を見ている大雅。


「気になるのか大雅?」

「あいつ、意外とクラスのやつらに好かれてる。良い所なんてないだろ」

「好かれてんなら、それなりの理由があるだろ。ちょっと分かる気がするし」

「は?なんだそれ」


バスケットボールを手に取り、幸目掛けて投げる。龍臣は声を張り上げた。


「幸さん!!!」

「?」


龍臣の声に反応した幸が振り向く。

振り向かなければ幸の顔面に当たらなかっただろう。ボールが幸の顔面に当たった。


「華ちゃん!大丈夫!?」

「あはは、びっくりしたけど。大丈夫だよ」


一組の生徒が心配そうに近づいて行く。


「保健室から氷もらってくる。誰かサボりたい人いる?一緒に来たらサボれるよ」


ポジティブな考え。龍臣はそんな幸が無理をしているように見えた。


「俺、行く」


龍臣が手を挙げると周りは静まり返る。


「ありがとう」


体育を出ると騒がしい声が廊下まで響く。きっと噂の続きだ。


「あのさ…ごめん、ずっと酷い事ばっか」

「ううん、気にしないで」

「でも俺っ」

「私、嬉しいんだ」

「え?」

「話すキッカケになるし。それにね、最近謝ってばっかりだったの。でも、さっきやっと言えた。ありがとうって」


龍臣はこの気持ちを理解した。

恋だ。

保健室につくと先生が氷をくれる。

しばらく椅子に座って顔を冷やす事にした。先生は別用で職員室に行ってしまう。保健室に二人きり。


「大雅の事どう思う?」

「山崎さん?分からないや。話した事ないし、教室にもあんまり居ないから」

「でもほら、昨日の階段で」

「私の口から悪口が聞きたいの?」


キョトンとした顔で首を傾げる幸。


「そうじゃない。ただ…あんなんされたら泣きたくなるだろうし、悪口の一つや二つ。俺の嘘告だって」

「泣くよ普通に」


微笑みながら言葉を返す幸に、龍臣は戸惑いが隠せなかった。


「なんで、なんで笑ってんの。いつもっ」


むしろ龍臣が震えた声で涙ぐんだ。


「自分で言うのもなんだけど、私って笑顔が似合うんだ」


龍臣は強く目元を拭う。


「ほんと、似合うと思う」

「ありがとう…あっ!また言えた!」


体育の授業が終わり屋上。

柳が一人昼寝をしている。


「柳、寝てんのか?」

「おー、大雅じゃん。お疲れぃ」

「…はぁ、いいな。お前は呑気そうで」

「なんだなんだ、随分疲れてんな」

「色々あんだよ。色々」

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笑う門には幸来る! 億楼 @opah

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