【お題フェス11③祝い】祝い酒
蒼河颯人
祝い酒
まぁ、お前さんも一杯やれや。
これはな、お前さんへの手向けだ。
今日の日のために買った、極上の酒。
とっておきの一杯と言うやつだ。
しっかり、ゆっくり味わってくれ。
お前さん、アイツのことをずーっと心配していたもんなぁ。
アイツが生まれてまだ二つにもならん内に、
お前さんはとんでもねぇ病に掛かりやがってよぉ。
「お前さんに頼みます」って、儂に向かって床の中でずーっと涙ぐんでたのを、儂はようく覚えている。
アイツの成長を一番楽しみにしていたのは、
産みの母親であるお前さんだった筈だよなぁ。
儂が独り占めしてしまって、すまねぇ。
だけど、お前さんとの約束、儂は守ったぞい。
男手一つで、アイツを育て上げた。
後妻だなんて、とんでもねぇ。
儂はお前さん一筋だったからな!
ご近所の連中にはすっかり呆れられたってもんよ。
何を言われようと、これだけは自慢出来る。
アイツはもうすっかり成人して、あっという間に嫁さ貰って。
これがな、何とも出来た嫁でよぉ。
とびきり美人なだけでなく、
こんな老いぼれにもたぁんと気を遣ってくれて……。
つい昔のお前さんのことを思い出しちまった。
何だか、鼻の奥が詰まって仕方がねぇ。
で、今日は一体何が目出度ぇ日だって?
もう少しで、儂もじじいになるんだ。
ちぃと早いが、前祝いってやつだ。
お前さんは婆さんだな。
煩いって? 事実だから仕方ないじゃないか。
出来れば、おじいさん、おばあさんと、言い合いしてみたかったと思うんだ。
お前さんは永遠に綺麗なままだもんな。
儂はすっかり萎れてしまったさ。
でも良いさ。
儂の中でお前さんは、ずっと別嬪さんのままなのだから。
それで充分だ。
あれから何年経ったんだろうなぁ。
手ぇなんて、顔なんて、すっかり染みと皺だらけだ。
あちこちあかぎれも出来て、冬は冷たい水が染みて堪らん時もある。
お前さんも良く拵えていたよなぁ。
お前さんがいた頃は、全然気付かなかった。
本当に、悪かった。
許してくれい。
アイツも、こんな儂の手一つでようく育ってくれたもんだ。
目鼻立ちはお前さんに似て大層な男前だ。
こんな老いぼれが父親だなんて、嘘みてぇなはなしだ。
中身も良く真っ直ぐに育ったんだぞ。
曲がりくねった儂の子とは、思えん位だ。
これまでずっと、アイツが無事に育ってくれたのはな。
お前さんがずっと見守ってくれたお陰なんじゃねぇかなぁって、実は思っている。
これまでずっと、ありがとうな。
儂にとってお前さんは、最高の女だった。
代わりは誰もいねぇよ。
ん? 何だって? そりゃあ褒め過ぎだって?
まぁまぁ、今日のような目出度ぇ日位は、
少しくらい、良いじゃねぇか。
今日は、祝い酒だ。
出来れば一度で良いから、
お前さんと一緒に酒を酌み交わしたかったんだ。
お前さんが生きている内に。
こんな儂だが、お前さんは褒めてくれるかい?
──完──
【お題フェス11③祝い】祝い酒 蒼河颯人 @hayato_sm
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