卵から生まれるモノ
阿々 亜
卵から生まれるモノ1
卵からは子供が生まれてくる……
シオンの目の前には深い緑色の巨大な卵がある。
人間が両手で抱えられるくらいの大きさだ。
この大陸で最強と恐れられる竜アグナ=ヴァルムの卵である。
そんなとんでもないものを、シオンは今まさに盗み出そうとしている。
ことの発端は10日前に遡る。
シオンは国王の宝物庫に盗みに入った。
これまでありとあらゆる金銀財宝を盗み出してきたシオンは、“孤高の大盗賊”と謳われており、自分に盗み出せないものはないとまで思っていた。
そこに驕りがあった。
宮廷魔術師たちが仕掛けていた魔術の罠にあっさりと嵌まり、捕らえられてしまった。
数えきれないほどの盗みを繰り返してきた大盗賊である。
誰から見ても、死刑は必至だった。
だが、国王は意外なことを言ってきた。
「盗賊シオンよ。お前が余の望むものを手に入れてくるならば、お前の罪を放免にしてやろう」
それが、このアグナ=ヴァルムの卵だったのである。
アグナ=ヴァルムはこの数百年大陸最強と恐れられてきたが、産卵は確認されたことがなかった。
それがつい最近、アグナ=ヴァルムの棲む谷を探索していた冒険者一行が巣で卵を温めている姿を目撃したというのである。
古来より、強い竜の卵を食した者は強大な力を得ると言い伝えられており、一説には不老不死になるとまで言われている。
歳を重ね、死期が近づいてきていたこの国の王は、アグナ=ヴァルムの卵の目撃情報を聞き、それを手に入れたたいと思った。
食せば、不老不死と行かないまでも、寿命を延ばせると思ったのだ。
だが、最強の竜の卵である。
国のどんな英傑たちも恐れて名乗りをあげなかった。
どうしたものかと思っていたところに、シオンが宝物庫に盗みに入り、捕らえられたのである。
王は考えた。
この稀代の大盗賊ならば、竜の卵を盗み出せるのではないかと。
もし失敗して、竜に食い殺されたとしても、元々処刑するべき大罪人である。
何の損失もない。
かくして、シオンはアグナ=ヴァルムの卵を盗みに行くことになった。
命令を放り出して逃げ出さないよう、呪いの首輪をつけられており、期限内に卵を持って王宮に帰らなければ、首輪に絞め殺されるようになっている。
自分の命を人質に取られては逆らうことができず、シオンは命令の遂行に努めた。
数日がかりで情報にあったアグナ=ヴァルムの巣に辿り着いた。
情報通り、アグナ=ヴァルムは卵を大事そうに暖めていた。
無論、アグナ=ヴァルムに真っ向から戦いを挑んで勝てるわけもないので、餌を取りに巣を離れる時が唯一のチャンスだった。
しかし、竜のような長命種は生活サイクルが長いので、数日に一度しか食事を必要としない。
何日待ってもアグナ=ヴァルムは動かなかった。
このままでは呪いの首輪の期限が来てしまう。
迫りくる死を感じながらも、シオンの心は不思議と穏やかだった。
アグナ=ヴァルムが大事そうに卵を温めている姿をとても尊いと感じてしまったのだ。
これまで幾度となく盗みを働いてきたシオンだが、それは全て金持ちから盗んだ金品だけだった。
母親から子を盗む。
盗賊のシオンでも、それは人として決して許されることではないと思った。
シオンは昔、自分の子供を失っていた。
あの卵を盗めば、アグナ=ヴァルムは自分がかつて味わった地獄の苦しみを味わうことになる。
そんことに手を染めるくらいならば、このまま死ぬのも悪くない。
そう思い始めていたところに、残酷にもチャンスは訪れてしまう。
アグナ=ヴァルムが餌を求めて、巣を離れてしまったのだ。
シオンは恐る恐る巣に入り、卵の目の前に立った。
シオンが両手で抱えられる大きさで、運ぶのはさほど困難ではないだろう。
シオンは葛藤した。
アグナ=ヴァルムが愛おしそうに卵を暖める姿が頭から離れない。
だが、迫りくる死の恐怖からも逃れられなかった。
首に嵌まった呪いの首輪に触れる。
期限にはまだ日にちがあるが、心なしか少しずつ首が締まって、息苦しさを感じるような錯覚に陥る。
悩んだ末、シオンは死の恐怖に負けた。
気が付くと、卵を抱えて王宮に向かって走っていた。
泣きながら、必死に走っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます