5時間目はまだ続く

@kuroaka_sabuu

第一話「予鈴」

第一話 登場人物

なし





〈いつも通りの日常〉

4時間目の終了を告げるチャイムが鳴った。

音はいつもと同じはずなのに、なぜか少し長く響いたように感じられた。


廊下に出る生徒達の足音が重なり、教室のドアが何度も開閉する。4組では机を寄せて昼食の準備を始める者もいれば、窓際でスマートフォンをいじっている者もいた。


誰がが「今日、門のとこ警備多くない?」と言った。返事は無かった。

別の誰かが校内放送用のスピーカーを見上げる。

「さっき、放送流れてた?」

「知らね。聞いてない。」

気にも留めない者の方が多かった。私立高校では、そういう細かい変化はいくらでも起きる。


5時間目の準備をするよう促す声はなく、代わりに廊下の向こうから怒鳴り声なのか、笑い声なのかは判別出来ない声がした。

2年5組の教室では、誰かが窓を開けようとして、途中でやめた。窓から見る空は白く、今にも雨が降りそうだった。

門の警備は退いておらず、次第に皆が気に留めていった。

「工事とかじゃね?」

そう言いつつ、誰かが不安そうに廊下を見る。


2年3組では、席を立った生徒が戻ってこなかった。トイレに行ったのだろう、という話で終わった。


時計の針が昼休みの終了を指す。

5時間目の教科は国語。だが、国語の先生は来なかった。国語の先生はよく遅刻をするので、今回も遅刻だろうと、誰も疑わなかった。


4組の教教室では、教卓の上に置かれたままの出席簿が揺れた。

窓は閉まっている。

エアコンも止まっている。


少しして、教頭が廊下を通り過ぎる。いつもなら教室に入って「真面目に勉強しろ!」と怒鳴ってくるのに、今日は怒鳴られなかった。


5組では、暇になった生徒が「授業始まってないし購買行ってくるわ」と言って購買へ行った。

それっきり、戻ってこなかった。

列が長かったのだろうという話で済まされた。

だが、誰かが「今日、購買閉まってたよ…」と言った。

誰かが笑って「今日は売り切れか」と言った。

その笑いはすぐに消えた。


その時遠くで何かが倒れる音がした。


金属か、机か、人か。判別出来ない音だった。

音は一度きりで、校内は急に静かになった。


その静けさを破るように、スピーカーが短く息を吸うような音を立てた。

「全校生徒へ連絡、」


放送はいつもより少し低い声で始まった。

言葉を選んでいるような、妙な間があった。

「現在、校内で大規模な工事が行われます。」


教室の中で、聞き覚えのある何人かは顔を上げ、残りの何人かは「なんだ工事かよ」と笑ってふざけていた。

「生徒の皆さんは、ーー」

そこで、音が一瞬歪んだ。

スピーカーが小さく、嫌なノイズを吐く。

「ーー落ち着いて、教員の指示に従ーー」

言葉の途中で、大きな衝撃音が混じった。

机が倒れたような、何かを強く叩きつけたような音。

放送は途切れた。

静寂が教室に落ちる。

すぐに別の放送が入るのではないかと、皆がスピーカーを一点に見つめる。

何も流れなかった。


廊下から、走る足音が近付いてくる。

それも複数人。


「教室に戻れ!!」

聞き慣れた教員の声がした。

その声は焦っていた。

ドアが開き、教員が顔を出す。息が荒く、額に汗が浮いている。

「いいか…今は絶対外に出るな…!ここから動くなよ!」


理由は説明されなかった。

質問する前に、教員は廊下の反対側へ走っていった。

スピーカーからはもう何も聞こえない。校内放送はそれきり沈黙した。


たまたま教室の前を通り過ぎようとした教員に誰かが声をかけた。

「先生、今の放送、何だったんですか?」

一瞬、教員の足が止まる。

振り返った顔には余裕がなかった。

「大したことじゃない。」

そう言いながらも視線が廊下の奥へと何度も向く。

「でも途中で切れましたよね…

「何かあったんですか?」

別の生徒が重ねる。

教室の空気が、じわじわと張り詰めていく。


教員は小さく息を吐いた。

そしてを低くする。

「今校内で確認すべきことがある。」

「…生徒はここにいなさい。それだけだ。」


「確認って…なんのですか?」

その問いには、すぐ答えなかった。

代わりに、無線機に耳を当てる。

そこから聞こえてきたのは、断片的な言葉だけだった。

「…東棟…」

「…生徒が、まだ…」

「…1人、負傷……?」


教員は無線を切り、生徒達を見た。

「いいか、絶対外に出るな。」

「移動はもちろん、トイレも駄目だ。」


「…危ないんですか?」

誰かがそう聞いた瞬間、

廊下の向こうで何かが割れる音がした。


教員の表情がはっきりと変わる。

「質問は終わりだ。教室に入れ。」

それだけ言って教員は走り出した。

止める暇も無かった。


ドアが閉まる音がやけに大きく響く。

教室に残された生徒達は顔を見合わせた。

理由は聞いたはずなのに、何一つ分からなかった。

それでも全員が理解していた。

先生達は何かを隠しているのではなく、

言えない何かを見てしまったのだと。

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