断罪令嬢のガチャは一国を買い叩く 〜過保護なシステム様にSSR資源を確定投入されるので、平和的に国を滅ぼします〜
霧ノシキ
第1話 断罪の夜、流星は虚空に踊る
「アリシア! 貴様のその冷徹な面も見納めだ! 聖女セラフィナへの執拗な嫌がらせ、並びに国家資源の横領――その罪、万死に値する! 今この瞬間をもって、貴様との婚約を破棄し、最果ての地へ追放することを宣言する!」
シャンパングラスが床に砕け、琥珀色の液体が白大理石の床に醜い染みを作った。 このヴィンテージ・シャンパーニュ『星屑の涙』は、一本で平民が三ヶ月は暮らせる代物だ。アステリア公爵家が今夜の夜会のために、特別に融通した最高級品。それが、愚かな王太子の手によって、「ただの、無価値なガラクタ」へと成り果てた。
(……一〇〇万ギルの損失。加えて、床の清掃費用と、この凍りついた場の空気を再加熱するための機会損失を合わせれば、被害総額は三〇〇万を下らないわね。実に、非生産的だわ)
アリシア・フォン・アステリアは、淡い紫のグラデーションが掛かった銀髪を揺らし、無感動にその惨状を見つめていた。
レオンハルト・ヴァン・ソレイユ王太子。
茹で上がったカニのように顔を真っ赤にし、血管を浮き上がらせて怒鳴る彼は大声で騒ぐ酔っ払いと大差ない。彼の隣では、偽聖女セラフィナが「まあ、殿下、そんな……」などと言いつつ、計算され尽くした角度でその胸元を彼に押し付けていた。
「……殿下。一つ、訂正をよろしいでしょうか」
アリシアは、首元の漆黒のチョーカーに指を添え、アメジストの瞳を細めた。
「な、なんだというのだ! 今さら命乞いか?」
「いいえ。私が横領したと仰る資源管理予算ですが、実際には私の運用によって、王国の魔石自給率は前年比一四〇%向上しております。私が横領したのではなく、貴方達が理解できなかった利益。それを罪と呼ぶのは、いささか数学的素養に欠けるのではありませんか?」
「黙れ! この、化け物め!」
周囲の貴族たちから、嘲笑が漏れる。かつて私に媚びへつらっていた連中だ。彼らにとって、私は冷酷な計算機だった。そして今、その計算機が廃棄されるのを、娯楽として楽しんでいる。
その時だった。
不意に、視界の端でデジタルの火花が散った。 世界から音が消える。シャンデリアの煌めきも、貴族たちの醜悪な笑い声も、映画の静止画のように止まった。
目の前の虚空に、巨大な黒水晶のモノリス――『石版』が浮上した。
『――……起動確認。生体ID照合……Asteria-01。マスター、ようやくお会いできました。いえ、愛しの管理者様』
(……何かしら、これ。幻覚? それとも、過労による脳のバグ?)
『いいえ、真実です。私は「ジェネシス」。貴方の望みを具現化し、リソースを最適化するシステム。……この低能な猿(レオンハルト)の喉笛を、今すぐ食いちぎりますか?』
石版の表面に、無機質な、しかし狂おしいほどの情愛を感じさせるデジタル文字が踊る。その文字の背景には、この世界の言語ではない、解析不能な幾何学模様が明滅していた。
(いいわ、ジェネシス。正体不明の幽霊にしては、随分と物騒なのね。……暴力はコストが高いわ。それより、私に何か有益な「リソース」を提供できるかしら?)
『もちろんです、マスター。貴方の望みは、私の至上の命令。現在、ログインボーナスとして「運命の十連チケット」が付与されています。実行しますか?』
(……よく分からないけれど。今の私の手持ち資産はゼロ。なら、試さない理由はないわ)
私は、止まった時の中で、石版の表面に表示された『実行』のアイコンを優雅にスワイプした。
瞬間。 夜会の天井を突き破り、虚空から「金の流星」が十条、降り注いだ。
銀河が逆流するような圧倒的な光彩。 停止していた時間が動き出すのと同時に、私の脳内に無機質なアナウンスが響く。
『排出確認。R、R、R、SR、R……SSR!』
【SSR:超高度魔導浄水システム・フィルター】 【SR:生活魔法・ガ系全集】 【R:不幸の連鎖(パッシブ・スキル)】
(浄水システム……? 砂漠でも泥水から聖水を生成できる、究極の経済資源じゃない。……悪くないわね。追放先での独占市場が目に見えるわ)
「おい! 聞いているのかアリシア! 衛兵、この女を――」
「お、お嬢様ーーーーーっ! お助けに参りましたーーーーーっ!」
会場の重厚な扉を蹴破って現れたのは、一人の男だった。カイル・ヴァンクロフト。私の実家から私についてきた、今私に味方する、ただ一人の――そして最高にドジな騎士だ。
彼は血相を変えて私に駆け寄ろうとしたが、その瞬間。ガチャで排出した**【R:不幸の連鎖】**が発動した。
「あぶっ!?」
何もない床で派手に滑ったカイルは、まるで砲弾のようにレオンハルト王子へ向かって飛んでいった。
「なっ、貴様……ぶへっ!?」
カイルの泥だらけのブーツが、レオンハルトの磨き上げられた靴に、これ以上ないほど見事な「泥のスタンプ」を刻印した。さらに、勢い余ったカイルが王子の胸元に頭突きを食らわせ、王子は泡を吹いてひっくり返る。
「……ぷっ」
アリシアは思わず、扇で口元を隠した。格調高い夜会が、一瞬にして三流の喜劇に成り果てる。
「お、おのれ……衛兵! 衛兵は何をしている!」
セラフィナがヒステリックに叫ぶ。だが、私はすでに、この場に対する興味を完全に失っていた。私の手元には、この国の予算など比較にならないほどの「SSR」が眠っているのだから。
「レオンハルト殿下。……いいえ、ただのレオンハルト様」
アリシアは、倒れた王子を冷ややかに見下ろし、ドレスの裾を払った。
「貴方は私を捨てたのではない。この世界の**『礎(いしずえ)』**を、自ら手放したのよ。その代償がどれほど高くつくか……精々、残りの短い余生で計算してみることね」
アリシアはカイルの襟首を掴んで引きずりながら、堂々と会場を後にした。 背後で聞こえる罵声も、もはや聞き流すだけの雑音でしかなかった。
馬車に乗り込むと、私の膝の上で『ジェネシス』が、愛らしいデジタルエフェクトのハートマークを点滅させていた。
『マスター、最高のスタートです。大好きです。次はいつ、ガチャを回しますか? 貴方のために、SSRを確定枠にねじ込んでおきました。……ふふ、あのアリのような国、三日で買い叩けますね』
(……ふふ。そうね、ジェネシス。まずは、あの最果ての地を、最高の楽園に作り替えてあげましょう。)
夜空には、今もアリシアの幸運を祝うように、見えない流星が踊り続けていた。
モノローグ「……ガ系? (ファイガ•ブリザガ•サンダガ他?)王国の宮廷魔導士が一生を捧げてようやく届くかどうかの深淵(しんえん)を、この石版は『生活魔法』と呼ぶのね。いいわ、掃除には過ぎた火力だけど」
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