第4話、王妃 x お茶会

 翌朝、マリーに頼んで王妃様との面会を取り付けてもらうと、私は昨日用意していた物を王妃様への贈り物として箱に収めていた。


 寝る前に、当日分の『ガマぐちポシェットくん』から出せる数でシャンプーとリンス、液体石鹸にボトル入りのビタミン剤を出しておいた。

 ちなみにシャンプーとリンス、液体石鹸は小瓶に分けて少しずつお裾分け。

 私達も使いたいしね、使い方は昨日の夜にマリーの髪を洗ってあげながら教えてある。

 

 今日のマリーの髪はスベスベで艶々だ。

 朝から少し嬉しそうにしているのは見間違いでは無いだろう、隙があると髪を触っているので余程嬉しいのだろうな。

 こんな小さな変化で喜ぶ彼女を見ると、異世界で私が与えられる影響の重さを改めて思う。

 

 でも、同時に不安もよぎる――現代の知識を安易にばらまいて、本当にいいのだろうか。


 暫くすると王妃様の使いの方が来て午後のお茶会へと招待された。先ほどの面会依頼の返答と言う事よね。


「しまった、予定してたより時間が空いちゃったな」


 時計が無いと分かっているのに無意識に壁を見てしまう。

 

「お昼まで何しよう」


 思い付いてマジックバッグからスマホを取り出す。


 電源を入れると、今日も新着マークが光っていた。


 前回、嬉しくて思わずタップしてしまったけれど、よく見ると私がブックマークしていた作品以外は更新されていないし、新着作品も表示されない。

 

 本当に今まで読んでいた作品の続きが読めるだけ、もしこの作品が完結してしまったらどうしよう。

 明日、更新されなくなったらどうしよう。

 

 そう考えると、この新着マークが消えてしまうのが怖くなって昨夜は小説が読めなかった。

 

 異世界に来て、BLが唯一の心の拠り所なのに、それが失われる恐怖は想像以上に大きい。

 現実の私は、ただの傍観者でしかないのに。


「あかり様?」


 私の様子がおかしい事に気がついたマリーが心配して側に来てくれる。


「お茶をお淹れしますか?」


 気遣ってくれるマリーの心遣いが嬉しい。でも、彼女の優しさが逆に私の孤独を際立たせる瞬間がある。


「そうだ、折角だから昨日出せなかった美味しいオヤツも出しちゃおう」


 マリーが淹れてくれるお茶の良い香りを楽しみながら、何を出そうかなと考える。


「よし、これだ」


 マリーがお茶を持ってきてくれたタイミングで『ガマぐちポシェットくん』からケーキを取り出す。


「洋菓子店シュレックさんのモンブラン、ここはシュークリームで有名なお店だけど今日はこっちで」


「素敵な置き物の様ですが、これは何ですか?」


 マリーがテーブルに置かれたモンブランを見て置き物だと思ったみたい、ここのモンブランは卵型で真っ白なクリームがデザインされて飴細工も付いてるから初めて見ると食べ物には思えないのかもね。


「これはね、ケーキと言う甘いデザートよ」


 甘いと聞いて少しマリーの顔が固まる、この世界の極甘デザートを思い出したのだろう。


「大丈夫これはすごく美味しいから、マリーも座って一緒に食べよ」


 フォークでひと口分を切り取ってマリーに見せるように口へと運ぶ。


「んー、おいしい」


 ケーキを食べる私の幸せそうな顔を見て、マリーも恐る恐る手にしたフォークをケーキに当てる。


 まず柔らかさに驚いて、中のスポンジやマロンクリームをジッと観察したあと口へと運んだマリーは。これまでで一番の笑顔を見せたまま固まってしまった。


 ・

 ・

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 午後になり、招待された時間になった私たちは王妃様に指定された場所へと来ていた。


 此処での私は腐女子である事を出してはいけない、この(BL)環境を死守する為にも、異世界の知識とこのポシェットの能力を使って全力で私の価値を高めるのだ。

 でも、心のどこかで疑問が湧く――価値を高めて、何を守れるのだろう。剣聖としての役割を果たせば、BL妄想の自由は本当に続くのか。


 本日のお茶会のメンバーは、王妃様と第一王女様のお二人。

 第二王女様はまだマナーを覚えている所でデビューはもう少し先だそうだ。


 そして、なんで『アル x カイル』の二人が此処にいるのよ!!

 メチャクチャ睨んでくるアルバラードさんに、気軽に手を振ってくるカイルさん。

 訳のわからない状況と、昨日のアレが思い出され全身から汗が吹き出す。


「剣聖様、汗が」


 第一王女様が立ち上がって近寄って来ようとするので、慌ててマジックバッグに手を突っ込んでハンカチを取り出す。


 汗を拭いていると、第一王女様の目が私のハンカチを凝視していた。


 ひいいいぃぃぃぃぃ! これは『幼馴染近衛騎士、二人の愛は闇より深し』の限定ハンカチ!!


 サッと手を引いて後ろ手にハンカチを隠すと、今度は王妃様付きのメイドさんが手元を凝視しているのが分かった。


 まさに前門の虎、後門の狼状態!


パン! パン!


 私が固まっていると、王妃様が手を叩いて合図され。「お二人ともお席に座りませんか? せっかくのお茶が冷めてしまいますよ」とその場を収めてくれた。


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 お茶会は、王妃様ご自慢の薔薇園にある東屋で行われていた。今度こそ絶対に失敗出来ないと、私は予め用意してあったプロットを話し始めた。

 

「薔薇と言えば、王妃様はローズヒップと言うのをご存知ですか?」


 王妃様が首を傾げて知らないと言われるのでローズヒップの効用を教えて差し上げた。


 薔薇の花が咲いた後に赤く実る果実に見える部分は、食用やお茶に入れて飲むと美容と健康に良い事。それに船乗りに多いと聞く病気にも効く薬になると説明すると、王妃様も王女様も話しに食い付かれた。


 お二人が私の話しを興奮して聞かれている間。

 

『アル x カイル』の二人は何してるの? 先ほどからコチラをチラッと見ては何か囁き合っている。


(王妃様の影で私からは見えないからって、二人手を繋いでいるのでは!?

 アルがこっちを見てニヤリとする。

 ちょっと待って! アレ絶対恋人繋ぎしてる!!

 そして、首元にキ……ス……?)


 ――妄想が暴走する前に、深呼吸。

 この世界にオメガバース的な体質があったら、二人の関係はただの騎士の絆じゃ済まない。抑圧されたフェロモンが漏れ出して、互いの本能を刺激する禁断の瞬間……。

 でも、そんな妄想に浸ってる自分を振り返ると、ただ現実逃避してるだけのように思える。

 

 ギャァァァアアア!!!! 王妃様付きのメイドさんはメッチャ二人を見て固まってるし! 私もそっち行きたい!


 ふーっ、ふーっ、落ち着けわたし。


 王妃様にはあくまで私の元いた世界での効用なので、こちらでも同じか分からないと説明しておく。

 実が成熟したら試してみると言われるので了解する。

 それと、船乗りの件は直ぐに王様に申し送りしてくれると言う事だった。


「本日は大変有意義なお茶会になりました。剣聖様は大変な見識をお持ちなのですね、それに」


 そこで王妃様の視線が一瞬マリーの髪を見た。


 ごめんなさい、お土産を渡すタイミングが分からなくて遅くなりました。


 マリーを呼んで今日用意したお土産を披露する。


髪を洗う際に使用するシャンプーとリンス。体を洗うための液体石鹸。

 そして、直ぐにでも使って欲しいボトル入りのビタミン剤。

 

 私が内容を説明している間、マリーは王妃様付きのメイドさんに使い方を説明。メイドさんも顔は冷静を保った風だったけど鼻がヒクヒクなっているのを見逃しませんでしたよ。


 ――現代のものを与えるのは、確かに喜ばれる。

 でも、この世界の栄養格差や美容観を一気に変えてしまうのは、正しいのだろうか。

 医療従事者として、人の健康を助けたい気持ちはあるけど、異世界の文化を侵食してるんじゃないかと、時々罪悪感がよぎる。


 翌朝には艶々した王妃様の髪を一目見ようと、王城中のメイドさんが集まっていたとか。

 

 そして数週間後、ローズヒップの効果が王妃様にも国王にも認められて、数年後には『剣聖の奇跡』と言う名前で王国の一大産業になったと言う話はまた別の機会にお話ししましょう。

 

 ――その産業がもたらした変化は、私の意図を超えて、王国のジェンダー観や健康観さえも少しずつ変えていくことになった。でも、それが本当に「奇跡」だったのか、今でも自問することがある。

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