片想い

くにすらのに

片想い

 私以外の世界の時間が止まった。人間だけじゃなくて動物も食べ物も空も水も太陽も何もかも。凍ってしまったなんて表現じゃ生温いくらいぴくりとも動かない。

 最初はフラッシュモブを疑ったけどさすがに鳥が空中でピタリと停止しているのは種や仕掛けがあったとしても不可解が過ぎる。


 スマホで時間を確認しようにも何も反応しない。バッテリーはまだ残ってるはずだけどスマホの時間も止まっているんだろう。そこでふと気付く。私が身に着けているものは動かすことができる。


 くるりと一回転すればスカートもひらりとはためくし、スマホをポケットから取り出すことだってできた。だけどそれ以外のもの。例えば目の前で固まってしまった友人の制服はガッチガチに固まってしまっているし、ポケットからスマホを取り出そうとしてもビクともしない。


 これ詰んでないか? むしろ停止する側の方が良かった。少し早く授業が終わって学食が混みだす前に来られたというのにこのザマだ。まさにこれから口に運ぼうとしたラーメンは身に着けている判定から外れてしまったらしく他の物と同じく固まったように動かない。


 蛇口から出しっぱなしの水も氷ほどの冷たさはないのにしっかりとその一瞬を保持し続けている。


 このまま独りで死ぬのかな。


 食堂の時計も電池切れみたいに動かないからどれくらい時間が経ったのかもわからない。私以外の時間は止まってるから時間は経ってないのかな。動いてる私だけが独りだけお腹が空いて、汗臭くなって、トイレも流せなくて汚く死んでいくと考えたら恐ろしくなると同時にいっそ欲望を解放してやろうと思い立った。


 みんなカチカチに固まってるからできることは限られているけど好きな人とキスくらいはできるはず。唇が固くても関係ない。キスであることに変わりはない。


 二年生のクラス替えで別々になってからより想いが強くなったバスケ部のキャプテン。彼はまだ授業中のはずだ。他のクラスの人達に囲まれている中でキスをするというのはなかなかに背徳度が高い。


 キスした瞬間に呪いが解けて時間が動き出したら私の人生は終わる。このまま何もしなくてもたぶん終わる。だったら天秤にかけるまでもない。好きなことをして終わる方がいい。


 永遠にこのままな気がしてるのに万が一この時間が終わってしまったらどうしようという焦りで無意識に早足になった。


 世界に80億人も人間がいたらあくびの瞬間とかに時間が止まった人もいるだろうに彼は真剣な表情で授業を受けていた。写真写りもきっといいんだろうな。最高の瞬間で時間が止まっている。


 あたりを見渡しても私以外に動いている人間はいなかった。この際、動物くらいはセーフと思ったけど窓の外には羽ばたいた瞬間の鳩が空中に浮いている。


 この絶好の機会を逃すわけにはいかない。まず1回目のキスをしたら一瞬で走り去ろう。どうせ濃厚なキスはできない。なぜなら彼の唇は固まっているから。軽く唇と唇を重ねる程度しかできないのなら、リスクも考慮して逃げる準備をするのは当然だ。


 一番後ろの席だから障害物に引っかかることなくドアから教室を飛び出せる。


 ここまで来たら迷っていても仕方がない。私だけが年を取るとなれば今この瞬間が最高で最強のJKなんだから。


 自分の唇が彼の唇に触れると、予想通りに固いものに触れた感覚だけが残って思ったほどの高揚感も快感も得られなかった。キスで呪いが解けることもなく、急いで逃げる準備もしていたのに全てが拍子抜けで教室の後ろでたたずむことしかできなかった。


 いやこれ詰みじゃん。


 時間を動かす方法なんてわかるはずない。あるとすれば勇気を出して好きな人をキスをしたのをきかっけに……くらいなもので早くも手詰まりだ。


 やりたいことをやるにも時間が、世界が止まっていたら何もできない。一生、朽ち果てることなくこのまま保存されるか独りで朽ち果てるかの二択なら……うーん、どっちがいいんだろう。まだ助かる可能性が残る方が幸せなのかな。


 意識がある状態で止まっているなら辛いし、今のキスがみんなにバレてるから私もキツい。

 後世に記録を残すこともできず、ただ無為に時間を過ごすだけって考えるとなんだかすごい罰を受けてるみたいだ。私そんなに罪深い女だっけ?


 人生を振り返ってみても世界や神様に恨まれるようなことをした覚えは全くない。そしてこの世界を救ったり神様に頼られるような能力を授かった覚えもない。



 ***


 俺以外の世界の時間が止まった。人間だけじゃなくて動物も食べ物も空も水も太陽も何もかも。凍ってしまったなんて表現じゃ生温いくらいぴくりとも動かない。


 あと少しで授業が終わるというタイミングで周りが固まっている。何かのサプライズかと思ったけど羽ばたいた瞬間の鳩が空中で止まっているのはドッキリにしても手が込んでいるし、時計の針が1ミリも動いていない。一応両隣の教室も見たけど結果は同じだった。


 机にしまっていたスマホは強力な接着剤でも塗られたみたいに貼りついているし、タップしても画面が明るくならない。どんなに思い切り引っ張っても机ごと動かないのを見るに、俺が身に着けているいるもの以外全ての時間が止まったいるみたいだ。


 状況確認している間にいくらか時間は経ったはずなのに太陽の位置も変わっていない。最初の予感通り全ての時間が止まっている。


 俺だけが動けるということは、俺だけ独りで年を取って死んでいくということだ。


 こんなにじわじわと殺されるようなことしたっけ?


 人生を振り返ってみても思い当たる節は何一つない。水も食べ物も摂れなくて体を洗うこともできず醜く死んでいく。


 それならせめてまだ綺麗なうちに好きな人とキスしたい。キスくらいならできるだろ。これでもう思い残すことはない。


 ただ、俺の好きな人は今年の春にアメリカに行ってしまった。日本の高校を卒業するまで待つなんてもったいないとアメリカ人のスカウトに説得させられて、本当に遠い場所に行ってしまった。


 男なのに男が好き。だんだんそういうことに寛容な社会になっているとは言え、学校という狭いコミュニティの中でカミングアウトするこもできず、むしろアメリカに行ってくれて安堵したくらいだ。


 飛行機だって飛んでない。だけど、海の時間が止まっているなら?


 歩いてる間に汗をかいて汚い俺になるだろうけど、バスケ部で一緒に汗を流した仲だ。それくらいは許してほしい。


 もしまた時間が動き出したら海の真ん中で溺れることになるけど、あいつへの想いを閉じ込めたまま生き続けるならいっそ死んだ方がいい。


 体力が尽き果てる可能性の方が高いし、アメリカなんて広すぎて無事にたどり着けるかもわからない。それでもただ死を待つよりかはずっと有意義な時間の過ごし方だ。


 俺にとっては時間が無限にあるのか、体力面を考えると有限なのかよくわからない。それでも後悔のない選択をするなら早い方がいい。こうしている間にも俺だけが年を取って空腹になり喉も乾く。


 ***


 僕以外の世界の時間が止まった。人間だけじゃなくて動物も食べ物も空も水も太陽も何もかも。凍ってしまったなんて表現じゃ生温いくらいぴくりとも動かない。


こんな世界で僕がやれること。やりたいこと。こっちに来てからお世話になっている彼女に想いを伝えること。バスケをするために来たのに恋愛にうつつをなんていけないことだと考えていたけど、後悔はしたくない。


 アメリカではキスは挨拶みたいなものだというし、時間が動き出したらそういうことにしておこう。そしたら僕はきっとバスケに集中できる。


***


あたし以外の世界の時間が止まった。人間だけじゃなくて動物も食べ物も空も水も太陽も何もかも。凍ってしまったなんて表現じゃ生温いくらいぴくりとも動かない。


わし以外の世界の時間が止まった。人間だけじゃなくて動物も食べ物も空も水も太陽も何もかも。凍ってしまったなんて表現じゃ生温いくらいぴくりとも動かない。


 わい外の世界の時間が止まった。人間だけじゃなくて動物も食べ物も空も水も太陽も何もかも。凍ってしまったなんて表現じゃ生温いくらいぴくりとも動かない。


 片想いの連鎖はどこまでもどこまで続いた。

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