謹賀新年

山谷麻也

ご多幸をお祈りします


 その1 年末恒例


 後輩の鍼灸師が年末になると、色紙を届けてくれる。

 彼女は長く書道をやっていて、干支えとを漢字で墨痕鮮やかにしたためている。悪筆の筆者などには、なんともうらやましい特技である。


 目が悪いので、特殊なメモ帳を使っている。全ページ真っ黒。そこに白のサインペンで書く。この拙文も、真っ黒なモニターに白字で入力している。

 後でメモを読み返していて、つくづくイヤになる。

(なんと下手くそな字なんだろう。読めないや)



 その2 象形文字


 実を言えば、彼女の色紙にも年によっては、判読不可能なものがある。

 干支を書いたものであることは先刻承知なので

「あれは何と書いてあるのですか」

 と患者さんに訊かれると、得意気に解説する。


 令和七年(二〇二五)は間違いようがなかった。

「あれは蛇ですよね」

 と患者さんが治療院の壁を指さす。全員正解。をくずしたもので、鎌首をもたげていた。たいていの方に想像が付くだろう。



 その3 馬が西向きゃ


 その伝で行けば、令和八年(二〇二六)も簡単明瞭だと思っていた。

 妻が言うには

「この馬、なんで反対向きなの」

 よくよく確認すると、確かに左右反転している。

(馬が西向きゃ、尾は東)

 のパロディー版だなと勝手な解釈をした。


 後輩の説明によると、「左馬ひだりうま」というのがあるらしい。

 慌ててネットで調べてみた。日本人の生活にかなり根付いていることも分かった。詰まるところ、縁起担ぎである。



 その4 迷信と笑うなかれ


 令和八年は、六〇年に一度の丙午ひのえうまにあたる。

 放火事件を起こした八百屋お七が丙午の生まれだったとされ、丙午生まれの女性は敬遠された。『好色五人女』の著者・井原西鶴は意図せぬこととはいえ、罪作りなことをした。


 前回の丙午、昭和四一年(一九六六)の出生数は約一三六万人だった。

 前年が約一八二万人、翌年が約一九四万人だったので、見事なバースコントロールだった。

 その心は、言わずと知れた

「女が生まれたら困る」

 である。

 どっこい、迷信は生きていたのだ。



 その5 分岐点


 世の中、世界は決して、いい方向には向かっていない。

 いくら時代が進んでも、人々の心には迷信、差別、偏見、排他性が根強く巣くっている。コロナ騒動を持ち出すまでもないだろう。厄介なことに、山火事と同じで、いったんは鎮火したと見えても火が着きかねない、


 このまま加速するのか、ブレーキがかかり、あるいは軌道修正できるのか。令和八年は分岐点かもしれない。

 もう、暴れ馬、駄馬はいらない。社会に真の幸福をもたらす左馬の出現が待たれるところだ。

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謹賀新年 山谷麻也 @mk1624

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