ダム湖に水没した村の祝い……湖の底から聞こえてくる呪いの祝い唄
楠本恵士
呪いの祝い唄
オレは数年ぶりに、ダム湖の湖底に沈んだ故郷の村を見るために帰郷した。
オレを案内してくれた、村役場の男性職員が言った。
「ダム建設のために、湖底に沈んだ村の人を、案内したのは初めてです」
「村人と言っても、オレがいたのは幼少の頃ですから……ほとんど思い出は無いんですよ」
少し急な坂の石段が湖の中へ続いているのが見える、元々は山の上にある神社の石段だったのだが、今は半分以上が水没している。
男性職員が言った。
「気候がいい水が澄んだ日には、水没した村が見えるので……それが、SNSで話題になって村の観光名所になっているなんて……少し皮肉な話しですね、ほら、日差しの関係で少し村が見えてきました」
男性職員の言葉通りに、水没した故郷の村が見えた。
墓地が見えると、男性職員は、なぜか慌てた様子でオレに。
「もう十分でしょう、行きましょう」と、急かす。
石段を上がりはじめた、男性職員の後ろについて登りはじめたオレは、一度だけ振り返ってダム湖に沈んだ村を見た。
一瞬、石段の縁に両腕を乗せて、こちらを見ている両目が異様に大きい白い肌の女性を見た……ような気がした。
「えッ?」
オレが目を擦って、水没した神社の石段を見た時には、見間違いだったのか?
異様に目が大きい女性の姿は消えていた。
(見間違い……だったのかな?)
◇◇◇◇◇◇
オレは水没した村から高い場所に引っ越した、親戚の家に泊めてもらっていた。
家の前の小さな畑で作業をしている、親戚の叔父さんがオレに訊ねる。
「こちらには、何日いるんだ?」
「大学の休みの関係で四日くらい……五日目にはバイトの関係で、帰らないといけないから」
「そうか」
畑仕事を続けている叔父さんに、オレは聞いてみた。
「SNSで知ったんだけれど……あのダム湖の底に沈んだ村の、墓地の一部が墓から魂を抜かずに水没しているって噂……本当?」
農具を持った叔父さんの手が止まる。
「SNSってのは厄介だな……そんな部分まで、誰が調べたんだ」
「本当なんだね」
叔父さんは、ここだけの話しで誰にも言うなよと前置きしてから、話しはじめた。
「村の一部の墓から寺の住職が魂抜きの儀式をするのが、手違いで間に合わなくてな……そのまま水の底に沈められた……それだけなら、墓が沈んだだけだが」
「他に何かあったの?」
「魂抜きされていない、先祖の墓を置いて土地を離れられないと、村にとどまった家族がいた……父親と母親と娘、後からわかったコトだが娘の腹には子供が宿っていたらしい」
「子供が……それにしても、先祖の墓と一緒に水没する必要はなかったんじゃ?」
「父親が頑固な人でな、先祖の魂が残る墓を残して自分たちだけが移るワケにいかないと……言い張っていた、娘の方は水没する前に逃げ出したかったみたいだが」
オレはさらに叔父さんに聞いてみた。
「どうして、娘は逃げ出さなかったの?」
「逃げれなかったんだよ……土蔵に閉じ込められていて、それでも数日後に結婚式を控えた婚約者が、自分を土蔵から助け出してくれると信じていたらしい」
「婚約者は? どうして助けに来なかったの?」
「これなかったんだよ……村へ繋がる道が運悪く土石流で通行でききなくなってしまって……ダム湖の計画通りに村は水没して、家族は水の底に沈んだ、豪雨で上流の水かさが増えていたコトもあってな一気に村は沈んだ……計画の中止はできなかった」
叔父さんの話しを聞いたオレは、唇を噛み締めた。
◆◆◆◆◆◆
次の日──オレは村役場に行って、気になっていた見間違いかも知れない、異様に目が大きい白い肌の女性のコトが分かるかもと思って、それとなく聞いてみた。
最初は渋っていた男性職員が、ポツポツと語りはじめた。
「他言しないと約束できますか?」
「誰にも言わない」
「それなら、話しますが……出るんですよ天気が良い日に、ダム湖の中を泳ぐ黒髪で色白の目が大きい女の化け物が」
「それって……」
「土蔵に閉じ込められて、水没して死んだ娘です……先祖の魂の力なのか、なんなのかわかりませんが……目撃した人が数人いるんです……陸には上がってこないみたいですが……あまり、あのダム湖には近づかないでください……妙な噂が立ったら、村の観光にも影響するので」
オレはそれ以上は何も聞けなかった。
◆◆◆◆◆◆
次の日──オレは、やっぱりダム湖の縁に来てしまった。
今日は少し曇り空で、沈んだ村は見えなかった。
(やっぱり、見えないか)
オレが亡くなった娘のコトを思って両手を合わせた時──ダム湖の中から、祭囃子の祝い唄が聞こえてきた。
(これは、もしかして村が水没する前の、村が覚えている記憶?)
楽しげな祭囃子の祝い唄だったが、どこか物悲しく……オレには水没した村の呪い唄のように聞こえた。
祝い唄が聞こえる中──水面下に白い腹を上に向けて泳ぐ、黒髪で目が異様に大きい女が現れた。
女はゆらゆらと背泳ぎをしながら、水面から白い手を出してオレに手招きをした。
オレは、女の手招きに引き寄せられるように、石段を一歩づつ降りていく。
ある石段の所で、濡れて藻が生えていた場所で足が滑って、オレはダム湖の中に転落した。
「あっ?」
思っていたよりも深いダムの底に沈んでいく、オレの腕をつかんだ異様に目が大きい女の化け物が口を動かして言った。
〝やっと来てくれた、お腹の子供も待っている〟
俺の体はそのまま、祭囃子の祝い唄が聞こえる湖底へと、女の化け物に引きずり込まれた。
~おわり~
ダム湖に水没した村の祝い……湖の底から聞こえてくる呪いの祝い唄 楠本恵士 @67853-_-
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます