廃人ゲーマー達が合法RMTのVRMMOを始めた。

4kaえんぴつ

第1話 プレイヤーキラー

 ある初夏。二十一歳の大学生である青年、槙島まきしま翡翠ひすいは狭苦しいワンルームのパソコン前で夕食の天ぷら蕎麦を食べながら、自信が運営するゲーム攻略サイトの更新をしていた。


 大学の学費は親が支払ってくれているのだが、当然ながら、それに甘え過ぎるのもなぁ、と将来的な返済計画も立てている。しかし、地道に労働をしながら学業をしていると趣味のゲームの時間が削られてしまうので、義務感と欲求の折衷案として、『ゲームをお金にする』道を選んだ。その結果が、攻略サイトの管理人という訳である。


 取り扱っているのは主にフルダイブ型VRゲーム全般。


 最近ではMMORPGが一時期の勢いを取り戻しつつあるので、リソースもそこに重点を置いて割いている――が、検索エンジンの仕様上、どうしても個人の攻略サイトは企業系に勝てない。故に、企業系が手を出さないくらい地味なゲームで細々と稼ぐのが何かと合理的な節があり、そうして翡翠が巡り合ったのは、VRMMO『エイリアン・ブラザーズ』。


 プレイヤーは幼い頃に様々な星から一つの星にやってきたエイリアンであり、その星を故郷として愛し、豊富な宇宙的資源を狙って侵略に来たエイリアンから、その星の生まれでもある幼馴染を守るために銃を抜き、異星の仲間達と手を繋いで立ち向かうという、異星間交流を題材としたスケールの大きい物語だ。一時期は覇権を握っていたものの、フルダイブ型VRゲームの黎明期に開発されたタイトルだけあり、粗も多くて今は人が少ない。


 しかしながら、翡翠の稼ぎ頭のタイトルでもある。よって、栄枯盛衰を嘆かわしく思いつつ、翡翠は主要な記事の定期的な更新を済ませた。


 そして、ふとした拍子に、メッセージボックスに一件の連絡があることに気付いた。


「何だ?」


 珍しい。連絡なんて数か月に一個、間違いの指摘があれば良い方だが。そう思い開くと、




 ――最強のPKの話って知ってますか?


 ここ最近、毎晩二十一時にアリゥオン橋に仁王立ちしているみたいです。




武蔵坊むさしぼう弁慶べんけいかよ」


 翡翠はネットかぶれのSNS廃人が教養とでも呼びそうなツッコミを静寂に吐き捨てながら頬杖を突き、胡乱な目でもう一度文章を読む。メッセージは完全に匿名だ。PK――この場ではプレイヤーキラーの意だろう。つまりこうだ。VRMMO『エイリアン・ブラザーズ』という初心者などここ数か月一人も来ていないだろう古のゲームの初心者マップ中央に架かっている『アリゥオン橋』に、最強と噂されるPKプレイヤーキラーが居るということだ。


 翡翠は僅かに目を細めて文章を再読し、堪えきれずに仄かに口許を緩めた。


 そして残っている蕎麦を全て啜ると、静かに手を合わせて液面に映る自分を見下ろす。


 身長は百八十より三ミリだけ低く、デスクワーク中心を案じた父親からの半ば脅迫にも近い命令によって積み重ねた低負荷な筋トレは最低限に筋肉を骨に纏わせ、顔立ちは端整な部類と言ってもいいだろう。覇気のない眼差しのせいで相手に嘗められやすい点だけは少し気にしている。髪は真っ黒で無造作だが、愛すべき妹の愛のご指導によって幾らかは現代的。


 そんな槙島翡翠は、攻略サイトの管理人だ。しかし、同時にゲーマーだ。


 もはや新規参入など見込めない古のVRMMO『エイリアン・ブラザーズ』。それでも長々と遊んでいれば愛着も湧く訳で、すっかり定期的なコンテンツ追加などされなくなってしまったこのゲームを、何だかんだと楽しんでいる自覚はある。つまり何が言いたいかというと、


「――久しぶりのボス追加だな」


 幕引きに相応しいラスボス『最強のPK』を攻略しようとしていた。






 世界初の五感全てを仮想現実に没入させるフルダイブ型ゲーム機器が定価数十万で発売されてから数年後。量子コンピュータ技術の実用化が追い付き、同会社から十万前後とお手頃価格かつ高性能な二代目の後継機『クァンタム・クラウン』が発売されると、VRゲームは爆発的に世界に広まった。買い手の少なかった一代目と、それから二代目の発売後しばらくは――言い換えるとVRゲームの黎明期には――特殊な開発環境も相まって対応ゲームもそう多くはなかったのだが、そんな時代を支えたのが、このVRMMO『エイリアン・ブラザーズ』だ。


 ベッドの上でヘッドギアを被った翡翠は数分後、鼻腔にケルヒュジャナ星人の体液からできた硝煙の香りを肺いっぱいに吸い込んで辺りを見回した。


 決して日の昇らぬ永遠の夜には地球からは見られないおかしな色の星々。そしてその色を褪せさせるのは窓から毒々しい輝きを放ちつつ天高く聳え立つ摩天楼。工業製品が加工される音があちこちで響き渡り、その残滓のような霧が天を覆い、存在しないはずの雲を作り出す。


 このゲームでアカウントを作成して最初に立つのがここ、産業都市『メテルバーグ』だ。


 翡翠――この世界では『ジェイド』と名乗るアポチュジョジョン星人のアバターは、現代日本の人間が『宇宙人』と聞いた時に真っ先に思い浮かべるだろう容姿だった。身体の四分の一を占める大き目な頭部にブラックホールのような深淵の眼差しを持った、華奢で手先が器用な宇宙人だ。キャラクリ要素が薄いため、大半の宇宙人が似た外見だったりする。


「やっぱこの辺りには殆どプレイヤーが居ないな」


 ジェイド翡翠は細長く鋭利な顎をカエルのような手で摘まみながら空洞のような目を細める。


『エイリアン・ブラザーズ』はもはや過疎ゲーと呼ぶのに一切の躊躇いが無いプレイ人口だ。しかしながら、それでも根強い、或いは根深いファンが細長く残っている。そして、そういったプレイヤーは大抵の場合、血で血を洗う闘争が大好きだ。故に、メインクエストの更新が無くなって一年、もはや進みも下がりもしなくなった他惑星の宇宙人との最前線に居座り続け、略奪品で回復をしながら戦い続けるのを生きがいとする狂人しか居ない。


 だからこそ、


「――この世界で最強とまで呼ばれるPKがまともな奴とは思えない」


 半ば独白のようなそれは、つまり独白ではなかった。


 人の居ない初心者の街をぼんやりと歩いて街の中央まで練り歩いてきたジェイドは、街を縦断するように伸びた極彩色を反射する川に架かる、橋の中央を見ていた。


 そこには、ぼんやりとメニューイングをしていた宇宙人。


 その宇宙人はピタリとメニュー画面を操作する指を止めると、こちらを見る。――否、見たのだろうと雰囲気で錯覚した。確信はできないくらい、その姿は異形だった。


 細長い肉の塊だった。ベースは人間のそれだが、薄緑色の皮膚は鰐のような凹凸を持って、頭部は円筒のよう。髪のように円筒の先端が割れて先細りし、それらは合計で十一本。熊手を彷彿とさせるような十本近い指の生えた手の先端には、鋭利な爪が伸びている。そして、円筒の正面だろう部位が竹を割ったように少し割れて、中からは無数の目が覗いている。


 メタリゴナファ星人だ。その容姿もあって、このゲームで最も人気が無い種族である。


 だが――様子がおかしい。ジェイドの知るメタリゴナファ星人は、頭にあんな趣味の悪い不気味な触手など生えていない。キャラクタークリエイトだろうか?


「おいおい、初対面で随分な挨拶だな。初めまして」


 思いがけぬ好青年的で快活で可笑しそうな挨拶に、ジェイドは毒気を抜かれる。


 男性の声だ。敵意を感じない。呆気に取られて数秒後、一先ず身構えていた身体を緩め、緩慢な足取りで近付くと、身体の上にプレイヤーネームが表示される。スペルは『garnetガーネット』。


 半分くらい独り言だったつもりの言葉を聞かれ、ジェイドは気まずそうに頭を掻く。


 しかし、コミュニケーションの最初はペーシングから。相手に合わせて、ジェイドも少しだけ砕けた口調で可笑しそうに詫びて返す。


「これは失礼した。初めまして、ガーネットさんでいいかな?」

「ああ、そういうアンタは――ジェイド。奇遇だな、お互いに宝石の名前だ」


 本名が翡翠だからそれに由来しているんだ――なんて言えば流石にネットリテラシーの欠如で心配されてしまうだろう。或いは彼の本名も柘榴石ざくろいしかもしれないが、お互いにそこには踏み込まないでおくべきだ。ジェイドは話を適当に流して、早速本題に入る。


「ところでガーネット。風の噂で耳にしたんだが、どうやらここ最近、この辺りに『エイリアン・ブラザーズ』で最強のPKが居るらしいんだ。それも丁度、この橋でこの時間帯に。で、その最強とやらを探してるんだが、何か知らないかな?」


 そう尋ねるジェイドの顔は白々しくすっとぼけた、嫌なにやけ面だった。


 別に単刀直入に切り出してもいいのだが、その『最強』が自称なのか通称なのか、彼自身はどう思っているのかを聞いてみたかった。そんなジェイドがニヤニヤと見定めるような眼差しを向けていると、ガーネットはクックッと肩を揺らして橋の欄干に寄り掛かる。


「あのな、『貴方は最強ですか』と聞かれてハイと答えられる奴はそうそう居ないだろ。もう分かってるくせに、随分と意地の悪い聞き方をするんだな」

「悪いな。答えは分かっているが、そいつが自分を最強と思っているのかは気になってさ」

「なるほど、それは汲み取れなかった俺の問題だ。女心とアポチュジョジョン星人の心は複雑怪奇。秋の空。まあ、何だ――」


 ガーネットは鉤爪のような片手を腰に置いて、もう片方の手で顎を擦る。無い口が笑った。


「――安心しろよ。自称は苦手だが、客観的に見て俺が最強だ」


 不遜。そう表現するには、彼の言葉には些か現実的な自信が満ちていた。


「なるほど、そいつが聞けて安心した」


 ジェイドは不敵に笑いながら構え、右手にナイフ、左手にスペースガンを抜く。ゲームシステム的には戦闘待機状態に入るとシステムで登録した武器が登録した方の手に自動的に出てくるが、世界観的にはこの星をここまで発展させる立役者となったワープ技術の応用である。


 そんなジェイドを見たガーネットは、徐に欄干から身体を起こし、右手に片手剣を持つ。


 そして、円筒状の頭に付いた十一本の触手がぶんぶんと餌を求める蛇のように唸る。そして彼は、ジェイドを頭から爪先までマジマジと見ると、ふっと鼻で笑う。


「アレだな、アポチュジョジョン星人の図体で武器を構えるとシュールだな」


 ピク、とジェイドは引き金に掛けた指を強張らせる。現代社会で口にしようものなら瞬く間に批判の矢で剣山にでもなりそうな台詞だが、生憎と異形の宇宙人同士だ。寧ろこのゲームの古参同士においては、あまり好ましくないものの一般的なコミュニケーションの部類だ。


 だからそう、この言葉もあくまでもコミュニケーションの一環だ。


「いきなり差別かよ。流石は宇宙一の嫌われ者、メタリゴナファ星人らしいな」


 すると今度はガーネットが構えた切っ先を揺らし、少し言葉に詰まる。


「っとと、お前達のデッカイお目目は飾りかな? このビジュアルの良さが分からないとは」

「ああ申し訳ない、生憎とルッキズムは履修してないんだ。やっぱ大事なのは内面だ!」

「あーすまん! 貧弱なアポチュジョジョン星人と違って解剖されるような雑魚が居ないからさ! 俺達メタリゴナファ星人は! 内面を見てもらう機会が無いんだ!」

「頭の悪いメタリゴナファ星人でも分かるように教えてやる! 『エイリアン・ブラザーズ』のプレイ開始時に選べる種族二十三種の内、最も不人気なのがメタリゴナファ星人お前達らしいぜ。まあ納得だ。俺が親ならこんな不気味な宇宙人使ってゲームしてる子供が心配になる!」


 ガーネットはぐっと言葉を詰まらせて仰け反ると、剣を構えて深く身を落として叫んだ。


「それを言ったらPvPケンカだろうが! 差別主義者レイシスト!」

「口も持たない産廃種族が! ぎゃあぎゃあ喚くな!」

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