【猫】


 美味しいものって何だったのかって?

 ちょっとやめてくれない? いま食べ物の話は聞きたくないの。


 あの日は……というか、それより少し前のことから話すべきかしら。いつからか、あの子がウチに住むようになったでしょ?

 あの子って言ったらあの子のことに決まってるわ。可愛い可愛い多感な年頃のお嬢さん。いつも紅でもはたいたみたいに桃色の頬をして、ちょっとしたことがこの世の全てみたいに大騒ぎして。

 ふうん、療養に来てたの? ウチにいる時の様子を見てる限りじゃ、心を休めなきゃいけないような子には見えなかったけれど。

 いいえ、こっちの話よ。

 とにかく、あの子がウチに居る間、ずっとお婆ちゃんの周りをうろちょろしてたわ。私は面白くなかったけど、お婆ちゃんはなんだかんだ嬉しそうだった。まあ、だから私は余計に気に食わないわけだけど。

 お婆ちゃんは好き。お膝の上はあったかいし、いつもお尻のところを撫でてくれるし、「内緒だよ」って言ってこっそりおやつをくれるから。けどあの繊細なお嬢さんが来てからは、私のこともなんだかおざなり。孫は無条件で可愛いものだなんて話は聞いたことあったけど、こんなにあからさまに態度を変えられちゃうと、さすがの私でもイライラしちゃうわ。仕方ないでしょ。

 だからあの日、昼になってもあの子が部屋から姿を現さなくて、どうやらどこかへ行ってしまったらしいとなった時、私も一応心配そうな振りはしたけど、心の中では喜んでた。やっとお婆ちゃんにゆっくり撫でてもらえるって。でもお婆ちゃんったらあの子を心配するばかり。

「あの子は心の病気だから、一人でどこかに行くようなことができるはずないのに」ですって。

 お婆ちゃんは知らなかったのね。あの子が夜な夜などこかへ出掛けて行っていたこと。お婆ちゃんたちが眠った後、若い男が車で近くまで迎えに来るの。それに乗って町へ遊びに行くのよ。なんでそこまで分かるんだって、そりゃ見てれば分かるわ。いつも帰ってくるのは夜明けの直前で、煙草とアルコールの匂いをさせながら千鳥足で気味の悪いゾンビみたいになってベッドに倒れ込んでたんだから。思い出すだけで食欲がなくなる嫌な匂い。

 とにかく、私にとってあの日はお婆ちゃんを取り戻す千載一遇のチャンスだったってこと。

 私は「ねえ、なんだかお腹すいちゃった」なんて白々しい理由を作ってお婆ちゃんに擦り寄った。お婆ちゃんはあの子のことで気が動転してたみたいだけど、私を見てちょっと現実に戻って来たのね、「分かった分かった。なにかおやつをあげようね」なんて言いながら畑の方へ向かったわ。畑の傍にある納屋には私のフードが保管してあったから、それを取りに行ったんだと思った。キッチンのフードがなくなった時はいつもそうしてたから。

 だけど、いくら待ってもお婆ちゃんは戻って来ない。待ちぼうけを食らってから十五分くらいかしら。私にしてはかなり待った方だけど、ついに我慢の限界が来て仕方なくお婆ちゃんを迎えに行ったの。

 それで家を出て畑に向かおうとした時、ロビンが泡を食ってこっちに走って来た。毛むくじゃらの脚を土まみれにして。彼があんな速さで走ってるの、私初めて見たわ。その時は薮の方があんなことになってるなんて夢にも思わないから、私ったら彼を見て笑っちゃった。悪いことしたかもね。

 ロビンは「大変です、大変なことです」とかよく分からないことを繰り返すばっかりで、全然要領を得ないから聞いたの。「何がどうしたっていうの?」って。

 そしたら、ロビンが言うわけ。

「ご主人が血塗れになって倒れている」って。

 たしかに、その日はお爺ちゃんのことも見てない気がした。お爺ちゃんには悪いけど、ロビンに言われて初めてそれを思い出した。

 何か大変なことが起きてるって予感がしたわ。お婆ちゃんがいつまで経っても戻って来なかったのもきっとそのせいだ、って。ロビンに促されるまま、私は彼の後について走った。

 私はてっきり、そのまま直進して向かいにある畑へ向かうと思ったのに、ロビンは家を出たらすぐ裏手に回ったの。

 何の説明もないまま行くもんだから文句のひとつでも言ってやろうかと思った時、現れたのよ。

 あの子が。

 あの子が髪を振り乱して、お婆ちゃんに掴みかかっていたの。お婆ちゃんは薮の中に半分くらい体を埋めて、何かを引っ張り出そうとしているみたいだった。 

 私、思わずゾッとしたわ。

 あの子の目は普通じゃなかった。まるで取り憑かれてるみたいに血走った目で、お婆ちゃんをその場から引き剥がそうとしがみついてたの。すごく嫌な匂いがしてたわ。ロビンもあの子が異常だって気づいたんだと思う。お嬢さんの服を必死に引っ張ってた。それでも人間と犬じゃ力も敵わないでしょ。それで私にも協力して欲しいってことみたいだった。だから私も彼の後ろについて引っ張ってみたけど、やっぱりだめ。ロビンと私の二匹がかりでやっとあの子と力が均衡したくらいで、状況を変える力はなかったの。

 それで、ねずみを呼びに行ったのよ。藁にもすがる思いってこのことね。

 そういえば、肝心のお婆ちゃんの方は藪の中の方にすっかり気を取られちゃってたから、後ろで私たちが奮闘していたことに気付いていたのかも分からない。出来ることならたくさん褒めて、気の済むまで撫でてもらいたいわ。その後でご飯はもらったけれど、何だか胃がムカムカしちゃって戻しちゃった。それから食欲がないの。

 でも、お婆ちゃんも憔悴しちゃってるから仕方ない。無理は言えないわ。だって家のすぐ裏の薮に火をつけるなんて、とても正常な精神状態ではないでしょう?

 何の話だ、って……だから、お婆ちゃんの話よ。

 あなた、あそこを燃やしたのがお婆ちゃんだって知らなかったの?

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