おおきなやぶ

佐久村志央

【ねずみ】

 あの日なにが起こっていたのか、だって?

 ねずみの記憶が当てになると思ってんのか。こっちが教えてもらいてえくらいだっつの。


 あの日オレがあの家に居た理由なんて無ぇよ。強いて言えば、あそこは腰の曲がった爺さんと婆さんの二人暮らしだろ、よっぽどのヘマしねえ限りは捕まりゃしねえ。だからよく忍び込んでた。野菜屑なんかも結構手に入るしな。つまりオレがあの場に居合わせたのはほとんど偶然だ。

 あの日は、なんだったかなあ。そうだ。たしか、外で変な匂いがしてたんじゃなかったか。どんな匂いかって? うん、なんて言ったらいいんだろうなァ……とにかく、なんか変な匂いだよ。

 匂いってのは不思議だよな。爺さんが畑でパイプやってる時はそっちが見えてなくても「ああ煙草の煙だな」って思うし、たまにアンタらが来た時にやってたアレ……ああそう、バーベキュー。それの時は「ああ肉焼いてんなあ」って分かるもん。

 けど、あの日の匂いはそのどれでもなかった。そうだなあ、甘ったるいけど鼻にツンと来る刺激があったかな。や、美味そうとじゃねえ。むしろゲェーって感じ。藪の方からそんな匂いがするのは初めてだったから覚えてる。あれ、じゃああの匂いがしたのはオレが薮に行ってからか? わかんねえや。

 とにかくそん時オレは食いもん集めに必死だった。そしたらアイツが来てよ、オレに言うわけ。

 ちょっと手伝いなさいよ、って。

 アイツってのはほら、いつもあの家にいただろ、茶トラの高慢チキな猫が。猫ってさ、なんであんな自分勝手なんだろな。退屈しのぎにオレを追っかけ回してたかと思えば、何かあれば「手伝いなさいよ」と来た。

 やだよ、って返したさ。猫の手伝いなんてごめんだよ。けど、アイツはオレの性格をよく知ってやがる。

「美味しいものが食べられるわよ」って言うんだ。

 そんなに言うならちょっと手伝ってやってもいいかな、ってなるわけだ。おい笑うなよ。食うもん食わなきゃ生きてる意味がねえだろ。だから、ノコノコついて行くことにした。 

 それにオレさ、実は知ってたんだ。爺さんがあの藪の中でコソコソ何か育ててること。

 ああ、畑とは別だよ。畑ではカブとか芋とか、パッとしねえモンばっか育ててるだろ。けど春頃から時々、爺さんが畑道具を持って薮の中に入って行くのを見たことがあったんだ。あっちの方は外側からはなんにも見えねえし、ああも草ぼうぼうだと足場も悪くて誰も入ろうとは思わねえ。あの爺さん、そこを逆手に取ったんだな。きっと何か特別なものをあそこで育ててたんだ。とんだ狸だぜ。

 猫が手伝えって言ったのが、まさにその藪の中に半分体を突っ込んだ爺さんと婆さんを引っ張り出す事だった。しかしなんでそんなことになっちまったんだろうな。猫の他にも二人を引っ張り出そうとしてる奴らが蟻の行列みたいになってんの。オレも猫の後ろについてちょっと引っ張ってみたけどびくともしねえ。

 そしたらオレの前の猫が振り返って「真面目にやんなさいよ」とか睨むわけ。お前がそう言ったんだから後から文句言うなよって言い返しながら、千切れるくらい思いきり奴の尻尾を引っ張って……それだけだ。オレが知ってることは。

 そっから先はアンタの知ってる通りさ。

 あの藪は丸ごとすっかり燃えちまった。爺さんは居なくなった。なあ、爺さんは結局どこに消えたんだ?

 しかもさあ、結局美味いモンにはありつけなかったんだよなあ。

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