第40話 弱さ
私は、震える手でワンピースの裾を掴んだ。
でも、その時。
男の携帯が鳴った。
着信音。
男が、舌打ちをする。
「ちっ」
スマホを取り出す。
画面を見て、顔が歪む。
「悪い、ちょっと電話出る」
男が、立ち上がる。
バルコニーに出る。
ドアが閉まる。
私は、その場に立ち尽くしていた。
一時的な、猶予。
りおが、キッチンから駆け寄ってくる。
「のぞみちゃん、大丈夫?」
「はい…まだ…」
「良かった…」
りおが、私を抱きしめる。
「もし無理だったら、すぐに言って」
「はい…」
バルコニーから、男の声が聞こえる。
「だから、それは無理だって!」
苛立った声。
「わかってるよ、でも…」
「そっちで何とかしてくれ」
電話の相手と、もめているようだ。
りおが、小さく呟く。
「あいつ、昔から電話になると弱いんだ」
「弱い…?」
「うん。仕事の電話とか、プレッシャーかかると」
りおが、バルコニーの方を見る。
「すぐに、崩れる」
「強がってるけど、本当は小心者」
「だから、逃げたんだ」
「グループから」
男の声が、また聞こえる。
「頼むよ、俺一人じゃ無理なんだって」
弱々しい声。
さっきまでの、威圧的な態度は。
どこにもない。
「見てて」
りおが、私に言う。
「あいつ、このあと必ず焦る」
数分後。
男が、バルコニーから戻ってきた。
顔が、青ざめている。
「悪い、急用ができた」
その声が、震えている。
「今日は、帰る」
え?
私と、りおは顔を見合わせた。
「でも…」
りおが、言いかけて。
男が、手を振る。
「いい。また今度だ」
男が、慌てて荷物をまとめる。
「のぞみ、次は必ず」
私を見る。
でも、その目は。
さっきの獣のような目じゃない。
ただの、追い詰められた男の目。
「また連絡する」
そう言って、男は部屋を出て行った。
ドアが閉まる。
沈黙。
そして。
「ふう…」
りおが、大きく息を吐いた。
「助かった…」
床に座り込む。
「りおさん…」
「ごめん、のぞみちゃん」
りおが、顔を上げる。
「あいつ、本当は弱いんだ」
「昔から」
りおが、立ち上がる。
窓の外を見る。
「強がってるけど、プレッシャーに弱い」
「仕事がうまくいかないと、すぐパニックになる」
「だから、私たちに当たってた」
りおの声が、静かになる。
「弱い自分を、隠すために」
「私たちを、支配してた」
「コントロールできるものが、欲しかったんだ」
私は、りおの隣に立った。
「でも、それは…」
「うん、言い訳にならない」
りおが、頷く。
「弱いからって、人を傷つけていい理由にはならない」
「でも、あいつも」
りおが、私を見る。
「本当は、怖かったんだと思う」
「自分が、壊れるのが」
私は、考えた。
森直人。
守屋直哉。
上司。
強そうに見えた。
でも、本当は。
弱かった。
「のぞみちゃん」
りおが、私の手を取る。
「今日は、何もなくて良かった」
「でも、次は…」
「わかってます」
私は、頷いた。
「次は、来ます」
「そして、同じことが起きる」
りおが、唇を噛む。
「でも、のぞみちゃん」
「今の見て、わかった?」
「何が…?」
「あいつ、本当は脆いんだ」
りおの目が、強くなる。
「だから、戦える」
「証拠を集めて、訴えたら」
「あいつは、すぐに崩れる」
「強がれなくなる」
その言葉に、希望を感じた。
戦える。
本当に、戦えるかもしれない。
「今夜は、休もう」
りおが、私を寝室に導く。
「明日、また考えよう」
「次、あいつが来る時のこと」
「そして、どうやって証拠を集めるか」
ベッドに横になる。
りおも、隣に。
二人で、天井を見上げる。
「のぞみちゃん」
「はい」
「ありがとう」
「今日、一緒にいてくれて」
「いえ…まだ、何も…」
「でも、一人じゃなかった」
りおが、私の手を握る。
「それだけで、すごく心強かった」
私も、りおの手を握り返した。
長い夜は、こうして終わった。
次の試練は、また来る。
でも、今は。
二人で、休もう。
明日への力を、蓄えるために。
窓の外では、月が静かに輝いていた。
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