第35話2人して



りおが、湯船から上がる。


お湯が、体を伝って落ちる。


後ろ姿。


白い肌。


細い腰。


美しい曲線。


男だった頃なら、きっと。


本能が、反応していただろう。


でも、今は。


何も感じない。


女の体だから。


ホルモンも、変わっているんだろう。


でも、思う。


りおは、きれいだった。


本当に、きれいだ。


こんなにも美しい人が。


あいつらに。


汚された。


傷つけられた。


壊された。


胸が、痛む。


怒りが、込み上げてくる。


でも、それは。


男としての怒りじゃない。


同じ、被害者としての怒り。


これから私も。


同じ目に遭う。


そう決めた。


りおのために。


そして、自分のために。


「のぞみちゃんも、出る?」


りおが、タオルを体に巻きながら言う。


「はい」


私も、湯船から上がる。


女の体で。


脱衣所に戻る。


二人で、体を拭く。


「ねえ、のぞみちゃん」


「はい」


「本当に、いいの?」


りおが、もう一度聞く。


不安そうな顔で。


「はい」


私は、頷いた。


「でも」


りおが、タオルを握りしめる。


「あいつは、ひどいよ」


「最初は優しいけど」


「すぐに、変わる」


りおの声が、震える。


「痛いことも、する」


「屈辱的なことも、たくさん」


「私、耐えられなかった」


りおの目に、涙が浮かぶ。


「でも、逃げられなかった」


「だから」


「のぞみちゃんにも、同じ思いさせたくない」


私は、りおの手を取った。


「大丈夫です」


「りおさんが、一緒にいてくれるなら」


「耐えられます」


「それに」


私は、りおの目を見た。


「これは、意味のあることです」


「ただ傷つけられるんじゃない」


「戦うための、証拠を作るんです」


りおが、小さく頷く。


「わかった」


「じゃあ」


りおが、スマホを取り出す。


「連絡する」


「守屋に」


その名前を聞いて、胸が締め付けられる。


上司。


尊敬していた人。


でも、裏の顔があった。


「何て、送るんですか?」


「そうだな…」


りおが、考える。


「『新しい子、用意できました』」


「『会いに来てください』」


「って」


りおが、画面を見つめる。


「これでいい?」


「はい」


私は、頷いた。


りおが、メッセージを打つ。


送信ボタンを押す。


そして。


数分後。


返信が来た。


りおが、画面を見せてくる。


**『今夜、行く』**


短い返信。


でも、それだけで。


全てがわかる。


あの人は、来る。


新しい獲物を求めて。


「今夜…」


私の声が、震える。


「大丈夫」


りおが、私の手を握る。


「私が、そばにいるから」


「でも、演技しなきゃ」


「演技…?」


「うん」


りおが、真剣な顔になる。


「あいつの前では、私は従順な子」


「のぞみちゃんも、そうしないと」


「じゃないと、怪しまれる」


私は、頷いた。


演技。


従順な子。


できるだろうか。


「練習、しよう」


りおが、私の前に立つ。


「まず、笑顔」


りおが、にっこりと笑う。


でも、その目は、笑っていない。


「こうやって、笑うの」


「目は、死んでてもいい」


「でも、口は笑う」


私も、真似してみる。


口角を上げる。


笑顔を作る。


でも、目は。


「そう、それでいい」


りおが、頷く。


「次は、声」


「はい」


「高めの声で、従順に」


「『はい、わかりました』」


「『ありがとうございます』」


りおが、実演する。


私も、真似する。


「はい、わかりました…」


声が、震える。


「もっと、自然に」


「あいつに、怪しまれちゃダメ」


私は、何度も練習した。


笑顔。


声。


態度。


りおが、厳しく指導する。


「あいつは、鋭いから」


「少しでも、違和感があったら」


「すぐに気づく」


「だから、完璧に演じて」


何度も。


何度も。


練習を繰り返した。


そして、ようやく。


「うん、いいよ」


りおが、頷いた。


「これなら、大丈夫」


私は、ホッとした。


でも、すぐに。


恐怖が、込み上げてくる。


今夜。


あの人が来る。


そして。


私は。


「怖い…です」


正直に言った。


「うん」


りおが、私を抱きしめる。


「怖いよね」


「でも」


「私が、守るから」


「本当に、ひどいことになったら」


「止めるから」


「約束する」


その言葉に、少しだけ。


安心した。


二人で、部屋に戻る。


今日一日。


準備をしなければ。


今夜のために。


そして、戦いのために。


窓の外では、太陽が高く昇っていた。


でも、私の心は。


どんどん、暗くなっていった。

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