第11話 ピンクの浴衣



りおを正面から見た瞬間、俺は息を呑んだ。


ピンク色の浴衣。


可愛らしい色だ。


でも。


問題は、その着方だった。


襟元が、緩い。


いや、緩すぎる。


まっすぐ見ると。


見えてしまう。


谷間。


そして、淡い紫色の布地。


ブラジャーだ。


完全に見えている。


「うわっ」


思わず視線を逸らす。


天井を見る。


窓を見る。


どこでもいい。


りおを見ちゃダメだ。


「田中さん?」


りおが不思議そうに首を傾げる。


その動きで、また襟元が揺れる。


ダメだ。


見ちゃダメだ。


「あ、いや、その…」


何て言えばいいんだ。


「浴衣、着慣れてないですか?」なんて言えるわけない。


いや、でも、これは。


本人、気づいてないのか?


それとも、わざと?


いや、わざとなわけない。


りおは天然で有名だ。


ファンの間でも「りおの天然エピソード」は数え切れない。


きっと、気づいてないんだ。


でも、どうする。


教えるべきか?


いや、どう教えるんだ。


「あの、襟元が開いてますよ」?


恥ずかしすぎる。


りお本人も絶対恥ずかしいだろう。


でも、このままじゃ。


俺の心臓が持たない。


「田中さん、大丈夫?顔、赤いよ?」


りおが心配そうに覗き込んでくる。


近い。


近すぎる。


そして、その角度だと、もっと見えてしまう。


「だ、大丈夫です!」


慌てて後ずさる。


ソファに座る。


視線を足元に落とす。


「そう?よかった」


りおも、向かいのソファに座る。


足を揃えて、行儀よく。


でも、浴衣の裾が少し短い。


太ももが見える。


白くて、細い。


ダメだ。


そっちも見ちゃダメだ。


俺は必死に、テーブルの上の花瓶を見つめた。


綺麗な花だ。


何の花だろう。


どうでもいい。


「ねえ、田中さん」


りおの声。


「はい」


花瓶を見たまま答える。


「ファン歴、どれくらいなんですか?」


「3年です」


「わあ、嬉しい。デビューからずっと?」


「いえ、2年目くらいからです」


「そうなんだ。きっかけは?」


きっかけ。


YouTubeで偶然見た『Lucky Star』のMVだ。


仕事で疲れて帰った夜。


何となく見た動画。


そこに映っていたりおの笑顔。


それから、抜け出せなくなった。


「YouTubeで、MVを見て」


「へえ、どの曲?」


「『Lucky Star』です」


「デビュー曲!嬉しいな」


りおが笑う。


その笑顔は、画面で見るのと同じ。


いや、もっと輝いている。


でも、やっぱり正面は見られない。


視線を足元に落とす。


「田中さん、私のこと、ちゃんと見て話してくれていいんですよ?」


りおが少し寂しそうに言う。


「あ、いえ、その…」


どうする。


正直に言うべきか。


いや、でも。


勇気を出して、顔を上げる。


りおの顔だけを見る。


目を見る。


襟元は見ない。


絶対に見ない。


「す、すみません。緊張してて」


「そっか。私も、実は緊張してるんだ」


え?


りおが?


「だって、ファンの方と、こんなに近くで話すの、初めてだから」


りおが少し頬を染める。


可愛い。


本当に可愛い。


でも、襟元が。


チラッと視界に入る。


ダメだ。


目だけ見ろ。


目だけ。


「これから3日間、いっぱいお話ししたいな」


りおが微笑む。


「はい」


俺は、必死に視線をコントロールしながら、答えた。


この3日間。


どうやって乗り切ればいいんだろう。


いや、乗り切れるのか?


りおの無防備すぎる姿に、俺の理性は早くも限界に近づいていた。

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