第5話 集合2分前



9時58分。


大型バスが、ゆっくりと近づいてきた。


「来た…!」


思わず立ち上がる。


白いバスだ。窓には濃いめのスモークが貼ってあって、カーテンも閉まっている。中は全く見えない。


バスが停車する。エアブレーキの音が響く。


ドアが開いた。


「お待たせしました!i.s合宿イベントにご参加の皆様、お集まりですか?」


スタッフらしい女性が降りてくる。30代くらいだろうか。黒いスーツを着て、タブレットを持っている。


「はい!」


俺は勢いよく手を挙げた。


スタッフが少し驚いた顔をする。


「あ、はい。えっと、お名前は?」


「田中信一です」


「田中様ですね。お待ちしておりました」


タブレットに何か入力している。


そして周りを見渡す。


「他の方は…まだですか?」


「まだ、誰も来てないです」


俺も周りを見渡す。バス停の周辺に人はいるけど、それらしい人はいない。


でもその時だった。


「すみませーん!」


明るい声が聞こえた。


振り返ると、20代前半くらいの女性が小走りでこちらに向かってくる。ショートカットで、カジュアルな服装。i.sのトートバッグを持っている。


「あ、遅れてすみません!」


息を切らしながら、彼女がスタッフに声をかける。


「大丈夫ですよ。お名前は?」


「佐々木美咲です!」


タブレットをチェックするスタッフ。


「佐々木様ですね。ありがとうございます」


俺は少しホッとする。よかった。俺一人じゃない。


そして次々と参加者が集まってきた。


「すみません、高橋です」


「あの、田村ですけど…」


「遠藤です!よろしくお願いします!」


みんな、女性だった。


全員、女性。


20代から30代くらいの女性が、次々とバスの前に集まってくる。


俺は固まった。


え?え?


周りを見渡す。


1人、2人、3人…8人。


全員、女性。


男は、俺だけ?


「えっと、皆様お揃いですね」


スタッフがタブレットを確認しながら言う。


「本日ご参加いただくのは10名様。全員いらっしゃいましたので、出発いたします」


10名。


ということは、あと一人?


「あ、すみません!待ってください!」


また声が聞こえた。


長い髪の女性が走ってくる。30代くらいか。


「間に合った…よかった」


「最後のお一人ですね。お名前は?」


「山田です」


「山田様、ありがとうございます。これで全員揃いました」


スタッフが笑顔で言う。


「それでは、バスにご乗車ください」


全員、バスに乗り込む。


俺は最後に乗った。


車内は高級感がある。座席も広くて、ふかふかだ。でもそんなことより。


周りを見渡す。


やっぱり、全員女性だ。


俺以外、全員。


佐々木さんが隣の席に座った。彼女は俺に気づいて、ニコッと笑う。


「あ、男性の方もいらっしゃったんですね。よろしくお願いします」


「あ、はい…よろしくお願いします」


どうしよう。


これ、どういう状況?


抽選って、性別関係なかったのか?


いや、でも別に規約に「女性限定」とは書いてなかった気がする。


でも、結果的に俺以外全員女性。


これ、大丈夫なのか?


バスが動き出す。


スタッフがマイクを持って立ち上がる。


「皆様、本日はi.s特別イベントにご参加いただき、ありがとうございます。これから約2時間、高原リゾートに向かいます。到着後、i.sのメンバーと合流して、楽しい時間を過ごしていただきます」


周りの女性たちが歓声を上げる。


「やったー!」


「りおちゃんに会える!」


みんな、テンションが高い。


俺だけ、何だか場違いな気がして、座席に沈み込む。


これ、本当に大丈夫なんだろうか。


不安と期待が入り混じって、胸がざわざわする。


でも、もう引き返せない。


バスは新宿を離れ、高速道路に入っていった。


カーテンの隙間から、景色がどんどん遠ざかっていく。


俺の日常も、一緒に遠ざかっていく気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る