月に一度の気まぐれ占い

平葉与雨

気まぐれ占い師・えせこ

 今日はわたしの占いについて取材してくださるということで、話すことを事前に軽くまとめておきました。いろいろきたいことはあると思いますが、まずはわたしのほうからお話させていただければと思います。

 ご質問があるようでしたら、そのときそのときで訊いていただければお答えします。よろしいですかね……はい。

 ということで、始めましょう。


 わたしは絵瀬えせ珠巳たまみと申します。あ、これ本名なんでオフレコでお願いしますね。

 年齢は非公開です。どうしても知りたいようでしたら、わたしのエックスアカウントにダイレクトメッセージを送ってください。そしたら秒で「一〇〇〇歳」って答えます。わたし、繊細なんで。

 写真撮影はご遠慮ください。こちらもどうしてもと言うのなら、わたしが適当にイラストを描きます。それならどこに出してもらってもかまいません。


 ——え、使える情報が全然ないって?

 そんな、わたしのことなんて別にいいじゃないですか。それに、正体がわからないほうが占い師っぽいと思いません?



 じゃあ本題に入りましょう。

 ご存じだとは思いますが、わたしは月に一度、ここ『えっせー』という個人経営のカフェで占いをやってます。

 活動名はひらがなで『えせこ』です。かわいいでしょ?

 何日にやるのか、何曜日にやるのか、何時からやるのか、何時までやるのか。そういうのは特に決めてません。今日やろうかなって思ったときにエックスで告知して、もういいかなってタイミングで終わりにしてます。ほんとは前日までに詳細を知らせたほうがお客さんにとってはいいと思いますが、当日たくさん来られても対応できないので、このやり方を変えるつもりはありません。

 占いを受ける条件はワンオーダーです。なんでも一品ご注文いただければ、その時点で条件クリアとなります。

 店内では「占いをやってます!」という感じは出してません。いつも適当な角っちょに、ちょこんと座ってるだけです。もちろん、服装も普通のやつです。


 ——え、それだと誰に声をかければいいかわからないって?

 わたしのことを知ってる方はすぐに声をかけてくれますので、特に困ることはないです。初めての方はそうではないので、きょろきょろしてる方がいたらわたしから声をかけてます。ほとんどの場合は占い目的ですので、そのまま席にご案内して始めます。たまに違う場合もありますが、そのときはてへぺろって感じです。


 あ、そうそう。お店のエックスアカウントのプロフィール欄に記載してますが、わたしは占い全般ずぶの素人です。一般的に耳にするもの以外ですと、たぶんそのへんの小学生のほうが知ってることが多いんじゃないかと思います。勉強する気はさらさらないので、会えば会うほどレベルが上がる、なんてこともありません。


 ——え、そんなんでお客さんが来るかって?

 それがまあまあ来るんですよね。もちろんまったく来ない日もありますけど、それはそれで別になんとも思わないですね。占いで食べてるわけじゃないので。


 ——え、じゃあなんでやってるかって?

 そうですね……あ、すみません。お客さんが来たのでいったん失礼します。

 そうだ。もしよろしければ近くで見ていただいても大丈夫ですよ。お客さんにはさらっと伝えますし、個人情報はまったく扱わないので。


 *


「どうも、気まぐれ占い師のえせこです。こちらは取材の方ですが、特に気にしないでください。さて、今日はどういったご用件でしょうか?」

「ちょっと気になる手相がありまして」

「手相、ですか」

「はい。この生命線なんですけど……見てください。真ん中らへんで分岐してるんですよ」

「おお、たしかに分かれてますね」

「これってつまり、命にかかわる分岐点があるってことですよね?」

「……と言いますと?」

「たとえば、道路を歩いてたら道が左右に分かれてて、どっちかは交通事故に遭って、どっちかは問題なく進めるとか」

「ふんふん」

「あとは、病気になるかならないかのタイミングとか」

「なーるーほーどー?」

「どうでしょう? 何かわかりますかね?」

「うーん……」


 一ミリもわからん。

 生命線かぁ……。

 あ、いいこと思いついた。


「ひとつ言えることとしては、気にしすぎですね」

「え?」

「まず、この生命線をちゃんと見てみてください。たしかに分岐してますけど、そのあとつながってますよね?」

「あ、はい」

「ということは、少なくともその分岐点で命が尽きることはないんじゃないですか?」

「たしかに……」

「もしかしたら、ケガをしたり病気になったりと、健康ではない状態になってるかもしれません。ですが、そんなのは生きてれば誰にでもあることです。いちいち気にしてるほうが心身に悪いと思いますし、この際もう忘れちゃいましょう!」

「そうですね……気にしないようにします!」

「はい、その意気です!」

「今日はありがとうございました。えせこさんと話せてよかったです」

「いえいえ。では、また何かありましたら次の機会で」



 ——え、いつもあんな感じでやってるのかって?

 そうですよ。手相なんて知りませんし、知ろうとも思いません。

 そもそもわたしが知らないことは前提ですから、それっぽいことを言えばいいんです。おもしろいでしょ?


 さて、なんで占いをやってるかでしたよね。

 ええと、最初はただの暇つぶしでした。休日にやることないから暇だなって思ってたんですけど、カフェの手伝いをしてるときにたまたま相談系の会話を聞いて、それがなんかおもしろかったんですよ。

 それで……あ、たぶんあの人お客さんだ。すみません、ちょっとストップさせてください。それと、さっきと同じように近くで見てもらって大丈夫なので。


 *


「初めまして。気まぐれ占い師のえせこです。こちらは取材の方ですが、個人情報等の漏洩は心配ご無用ですので、特に気になさらないでください」

「あ、はい。わかりました」

「では、本日はどういったご用件でしょうか?」

「はい。実は……好きな人と仲良くなりたいんですけど、自分ではどうすればいいかわからなくて……」

「ほう」

「こうしたらうまくいくとかって、あったりするんでしょうか?」


 そんなのあったらわたしも知りたいですよ。なんて言うわけにはいかないよね。

 方法かぁ……方法ねぇ……いやぁ、なんも浮かばない。

 でもまあ、なんとかなるでしょ。


「そうですね……ちなみに、その方とは話したことありますか?」

「ちょっとだけあります。といっても、授業中の班活動ですけど」

「なるほど。それ以外のタイミングではまったく話したことないんですか? たとえば休み時間とか」

「……ないですね」

「そうですか」

「やっぱり自分から話さないとダメですかねぇ……」

「なんだ、答え出てるじゃないですか!」

「……え?」

「たったいま、自分から話さないとダメですかねって言いましたよね?」

「そう、ですね」

「それに、授業以外では話したことがないとも言いましたよね?」

「はい」

「それはつまり、相手から声をかけてくれることは基本的にないってことじゃないですか?」

「……そうですね」

「じゃあ自分から行かなきゃダメですよ!」

「うっ……」

「相手はまだあなたの魅力に気づいてないかもしれない。だから声をかけることもない。このままでは何も変わらないです」

「たしかに」

「現状を変えるには、まず自分から話すことが重要だと思います。そうでないと、自分という人間を知ってもらえないですから」

「でも僕から声をかけて、もしキモがられたらと思うと……」

「それはさすがに気にしすぎですよ。堂々と自分らしくしていればいいんです」

「うーん……」

「それに、もしあなたが声をかけただけで相手が気持ち悪いという反応を見せたとしたら、その人のことをきっぱりあきらめる絶好のチャンスですよ」

「ええっ!?」

「だって、声をかけただけですよ? それだけでキモがるなんて、人としてどうかしてます。だから万が一そうなったとしても、その人とは仲良くならなくてよかったってなると思うんです。時間の無駄ですからね」

「……そう言われると、たしかにそうかもしれないです」

「これはあくまでわたしがそう思うってだけなので、実際はあなたの目でしっかりと見て判断してください。人間ですから、生理的に受けつけないというのもありますし」

「そんなぁ……」

「まあまあ! 絶対に大丈夫とは言えませんが、それもこれもまずは話してみないとわかりませんから!」

「はぁ……まあそうですね」

「頑張ってください! 微力ながら応援してます!」

「ははっ、ありがとうございます。なんか、初対面なのにそんな気がしないです」

「ふふっ、よく言われます。では、また何かありましたら次の機会で」

「はい。ほんとにありがとうございました!」



 ——え、さっきのが占いと呼べるのかって?

 たしかにさっきのは恋愛相談のようではありましたけど……どうでしょうね。

 まあ、そもそも占い自体よくわかってないんで、そんなこと気にしなくてもよくないですか?


 さて、なんで占いをやってるかの続きでしたよね。

 ええと、最初はただの暇つぶしで……あ、続けた結果お店の売り上げがよくなったからというのもありますね。

 あとは……おっと、またお客さんだ。いつもは連続で来ないんだけどなぁ。

 すみません、いったんステイで。それと、また同じように近くで見てもらって大丈夫ですから。


 *


「どうも、気まぐれ占い師のえせこです。こちらは取材の方ですが、特に気にしないでください。さて、今日はどういったご用件でしょうか?」

「ちょっと前世がなんなのか知りたいなと思いまして。あと、ついでに守護霊も教えてほしいです」


 そんなの知っても意味ないですよ。なんてことは言えないよね。

 前世と守護霊かぁ……。

 まあ、どうにでもなるか。


「わかりました。本来は一種類だけですが、今日は特別にやりましょう」

「ありがとうございます!」

「ではまず、前世からいきます」


 左手の指をこめかみに当てて、右手をお客さんに向ける。うん、それっぽい。

 あとはなんか適当に話そう。


「うーん……ちょっとぼんやりしててよくわからないんですけど、少なくとも路上で爆睡するような人ではないと思います」

「はっはっは、そりゃいい!」

「じゃあ、次は守護霊ですね」


 今度は両指をこめかみに当てて、視線は顔の横を行ったり来たり。もちろんなんも見えないけど、見えたふうにしゃべればよし。


「なるほどなるほど……これは、あれですね」

「あれ……?」

「はい、あれです」

「……あれってどれ?」

「具体的にはわからないんですけど、手にお酒の瓶を持ってるところからすると、おそらくお酒の神様ですね」

「お、お酒の神様?」

「はい。お酒に関することならなんでもお任せ、といった感じです」

「へぇ……」

「ちなみに、お酒は好きですか?」

「そりゃあもう、水と同じくらい飲みますよ」

「あ、そうなんですね。であれば、もしかしたら前世が昇格してそのまま守護霊になったのかもしれないですね」

「おお、それいいね! じゃあ……」

「ただし! どれだけ飲んでも神様が守ってくれるというわけではないので、お飲みになる際は気をつけてくださいね」

「はっはっは、こりゃ一本取られたわ! やっぱりえせこさんには頭が上がらないよ」

「ふふっ、そんなことないですよ。では、また何かありましたら次の機会で」

「あれ、もう終わり?」

「やだなぁ、もうどっちも終わってますよ」

「あ、そうだったそうだった。ごめんね」

「いえいえ」

「じゃあ、今日はありがとうございました。またよろしくね」

「はい、こちらこそ!」



 ——え、ほんとは占いの能力があるんじゃないかって?

 いやいや、そんなのあるわけないじゃないですか。もしあったらそれを仕事にしてお金をたんまり稼いでますって!


 さて、さっきの続きに戻りましょう。

 ええと、なんで占いをやってるかでしたよね。最初はただの暇つぶしで……途中からお店の売り上げがよくなって……あとは、やっぱり人と話すことが楽しいからですね。そこが続ける一番の理由になってます。


 はい、もう今日は店じまい、じゃなくて占いじまいなので、取材はここまでとさせてください。

 短い時間でしたが、ありがとうございました。また取材したくなりましたら、いつでも大歓迎です。わたしがお店に顔を出すのは、月に一度だけですけどね。

 もちろん、事前予約は承っておりませんので悪しからず。



 ふぅ……こんな感じかな。

 まさか三人連続で来るとはねぇ……いやぁ、疲れた疲れた。

 でもやっぱり楽しかったな。これだからやめらんないんだよね。

 はぁ……いつか本物の取材が来るといいなぁ。

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