16話目:黒の遺産

 ダンジョンから戻ってくると、何故か人でごった返しになっていた。


「なんすかこれ、王族が握手会かポールダンスでもしてるんすか?」

「興味そそられるとか以前にこえーよ、ポールダンスしてる王族とか」


 なんだよ、いいだろポールダンス!

 あれだってれっきとした文化だぞ!

 まったくもう、若い子はすーぐエロだのエッチだの言ってさぁ……。

 やっぱ女子高の義務教育にすべきだってあれ。


「あれだよ、<黒の遺産>が見つかったんだよ」

「なんすかそれ。未精算の領収書の山とかそういうのっすか?」


 それなら確かに真っ黒だ。

 経理の人が真っ赤どころか真っ黒になって殺しにかかるレベルだ。

 というかドラマでそれが動機でやらかしたのあったなぁ……。


「うむ! 説明しよう!」

「ウオォ! エトルリア先生!?」

「<黒の遺産>とは! 消失時代によって失われた古代の遺物、もしくは厄災が封じられた宝箱のことである!」

「先生! まず消失時代って何ですか!!」

「……ダンジョンのレベル制限は知っていて、消失時代は知らんのか?」

「いや、ヨーゼフパイセンが詳しいってことは知ってるんですけど、あの人歴史の話になると半日くらい喋りだして結論すら放り投げる人なんで」


 まさか数時間の講義を聞かされた後に「で、何の話をしていたんだっけ?」とか言われた時は文句を言う気力も残ってなかった。


「うむ、では説明してやろう! 消失時代とは――――」

「すんません、長くなりそうなんで三行でお願いします」

「ぬぅ……いいか! かつて世界は一つであったが、バラバラになった! 世界・技術・空間・過去……あらゆる可能性が散らばってしまった! この時代こそ、消失時代だと言われておる!」

「へぇ~。つまりダンジョンはそれを回収する場で、だからそれを探す人のことを<探索者>って呼んでる感じですか?」

「お前はマジメな時は本当に話が早いのぉ」

「俺いつだって真面目で本気ですよ! 真面目に本気でアクセル全壊のまま人をおちょくったりバカやったりエロに惑わされてるだけです!」

「壊れとる、壊れとる。はよ直せ」


 無理なんだぁ~これが!

 というか直してもこの速度に慣れちゃったからもう後戻りもできないんだなぁ~!


「そういえばさっき聞き逃せない単語が聞こえたんですけど。厄災が封じられた宝箱とか……」

「うむ、<黒の遺産>と呼ばれる由縁だな。開けたら未曽有の大災害で数万規模の犠牲者が出ることもあった!」

「なんで開けたの!? 馬鹿なの死ぬの!?」


 欲に目がくらんで世界が滅ぶ瞬間ってこういうのが原因じゃない!?

 偉い人っていつもそうですね!

 平民のことなんだと思ってるんですか!?


「とは言うがのぉ、色術や鉱術……他にも様々な恩寵によって助かった者は多い」

「数が全てじゃないでしょ、数が。それじゃあ犠牲者の数が上回ったらやめるんすか? ぜってー無理だと思うけどなー」


 むしろ喪ったものを取り戻す為に、躍起になって<黒の遺産>ガチャすると思う。


「あとな、ダンジョンに潜れるのはワエ様達だけではないということを忘れてはならんぞ」

「へ?……あぁ、<ダンジョン耐性>があれば誰でも潜ることはできるんでしたっけ」

「例えばお前の元の世界でやらかした馬鹿者達……あれが<黒の遺産>を手にしたらどうすると思う?」

「あ~…………絶対に開けますねぇ……凄い技術とかが出れば自分たちの力になるからヨシ、厄災が起きても別世界だからヨシ」

「……それをこっちの世界でやられたら、繋がってる世界全てに汚染が連鎖する可能性もある。ゆえに、見つけたら必ず回収して開けることになっとるわけだ」


 テロを未然に防ぐ為という意味もあるのか。

 そりゃ持ち運び可能な核爆弾がダンジョンにゴロゴロ転がってるとなるとガチで回収しないとアカンよなぁ。


「ところでエトルリア先生、ここで開けて厄災が出たら僕たち死んだんじゃないの~?」

「それで無辜の民が助かるならば、致し方なかろう」

「致し方あるよ! 女の子と致したいよ! というか外交問題になるんじゃないの!?」


 こちとら異世界からの留学生やぞ!

 日本だって黙っちゃいねえ!

 遺憾の遺を連射するぞ!!

 余った憾の方はあとでスタッフが美味しく食べておいてください。


「そこら辺は織り込み済みじゃろ。ほれ、留学の際にサインした契約書にも書いてあったろう?」

「…………未成年が! 契約書を! 隅々まで読むわけないでしょ!!」

「では親は止めんかったのか?」

「めっちゃ止められましたけど、ごり押しで承認させました」

「……では、悪いのは誰か分かるか?」

「ッスゥー……今のところ……俺……の可能性が……まぁ、微粒子レベルで……あるかな……?」


 原因を殴りたいけど、自分の顔しか思い浮かばない。

 いや、そんなはずない……絶対にどこかに諸悪の根源がいるはずだ!


 だって陰謀論チャンネルが言ってたもん!

 倒すべき悪はいつも見えない裏側にいるって言ってたもん!!


「まぁそれに、厄災が出たとしても悪いことばかりではないぞ。必ず最後に何かしら大いなる恩寵が得られるからの。例えば~……流行したとある病気が一つ、完全に根絶した実績もあるぞ」

「う~わ、あくどっ……パンドラの箱じゃないっすか」


 どんな災いや絶望がふりまかれても、最後に希望がある。

 喪ったものに釣り合うだけのものが手に入る。

 いや、釣り合うだけのものに違いないと思ってしまう。

 だから開けてしまう。

 希望という名の麻酔で痛みを感じないんだから。


「パンドラの箱なら底だけ開けて希望だけ抜きとりゃいいのに」

「パンドラの箱とやらはわからんが、それはちと都合が良すぎるのではないか?」

「あったりめぇでしょ。都合の良いこと夢みてほざいてこそっすよ」


 犠牲が出てもいいから開けるなんてのは思考と責任を投げ捨てるようなもんだ。

 投げ捨てていい責任なんて、合コン終わりに美女と寝たら翌日連れてきた子供を認知しろと言われた時のものくらいだ。


 ……うん、これは本当に投げ捨てていいやつだな。

 というか一日で子供がデキるわけねぇだろ!

 365日エッチなことしてから言え!


 なお、男はヤリすぎでたぶん死ぬ。

 つまり責任は果たしたことになるな、ヨシ!


「そういえば、あれっていつ開けるんですか? 明日とかなら急にホームシックが発症したんでって言って元の世界に帰りますけど」

「早ければ今すぐだが、実際には一週間後くらいだろうな」

「今すぐって……えっ、もしかして皆があそこで盛り上がってるのって……!!」

「うむ、開けようと挑戦しているわけだな!」

「あぶねぇよ! 素人に爆弾解体させるようなもんじゃないっすか!!」


 ヤバイヤバイヤバイ! 今すぐ逃げないと!!

 電気止めたっけガスの元栓閉めたっけ社会の窓は開けたっけ!?


「案ずるな、どうせ一週間後に届く全能鍵が無ければ開けられん」

「じゃあなんで皆があんなに頑張って開けようとしてるんですか!?」

「絶対に開けられない宝箱を見ると開けたくなる変人共だからかのぉ。ほれ、絶対に落ちない女をオトしたいとかそういうやつじゃ」

「…………理解る!」


 理解るってばよ……。

 無理って言われることに挑戦するのって浪漫だよね……。


「ちなみに……もし! もし開けたら、なんか良いことありますか!?」

「いや、ないぞ? まぁ<黒の遺産>を開けた者として尊敬はされるかもしれんが」


 つまり実は無く、ただ名の為だけに挑戦しているド変態達があそこに群がっている奴らというわけだ。

 しかも失敗して当然なら、挑戦するだけ損はないしね。


 あとは娯楽としても面白そうだ。

 なんか凄い知恵の輪みたいなもんだと思えば俺もやりたくなってきたし。


「じゃあ俺もやってきまーす!」

「さっきまで怖がってたのが嘘みたいにノリノリになっとるではないか」


 そうして<負の遺産>……ではなく<黒の遺産>と呼ばれる棺のような宝箱の近くに向かうと……。


「ぎゃあっ! <混沌の墜とし児>! お前ら避けろ!」

「イヤァ!」

「逃げろ! 産まされるぞ!」


 こういう時、自分の悪名が役に立ってよかったと思う。

 ……んなわけねぇだろ! なんも嬉しくねぇよ!

 だいたいなんだよ産まされるってエイリアンか何かか俺は!? 


「もうなんでもいいから挑戦させてクレメンス」


 見た感じ鍵穴とダイヤルロックっぽいものが十個。

 色々な角度から見てもヒントになりそうなものはなく、ボロボロの棺だった。


「先輩達、もしかして力づくで開けようとしました?」

「いやいや、ちゃんと正攻法で挑戦してんよ。そもそも<黒の遺産>は破壊できるもんじゃねえ」


 ほーん、じゃあなんで傷ついてんだこれ。

 …………もしかして、ダミーか?

 宝箱に鍵がついてたらその鍵を外そうと思うもんだけど、そっちに目を向けさせて、本物の鍵穴がこれだとしたら……!


≪バキン≫


 ……はい、ピッキングツールが折れました。


(まー普通にそこ怪しいって思うよねぇ)

(だからっていきなり突っ込むのはどうなんよ)

(すぐ入れようとしちゃってさぁ、もっとムードっていうか調べるの大事にしないと)


「チクショウ、言いたいこと言いやがって! 誰かピッキングツール恵んでくださいお願いします!」


 だが周囲にいた人達はみんな目を逸らしてしまった。

 そうだよね、大事な商売道具を壊されたらたまったもんじゃないよね。


 皆さん職業倫理観が高くて結構でございますわね!


「まだだ! 俺にはまだ石のナイフがある!」

「いや、無理だろソレじゃ……」


 でも! このまま引いたらかっこつかないだろ!?

 せめてなんかこう、やった感を出したいんだよ!!

 そうして石のナイフを突き刺し無理やり鍵穴を回そうと試みた。


≪ガチャ≫


 その音に、辺り一帯の音が全て消えた。

 ……ゴミだと思われたナイフだったが……もしかしてこれ……鍵だった………?


≪ガチャコン≫


 俺はもう一度ナイフを回し、その場を後にした。


「「「「いやいやいや! 待て待て待てちょっと待て!」」」」


 全員が慌てふためきながら俺を捕まえに来た!!


「「「「いま開いたよな!? 開けたよなお前!?」」」」

「気のせいだよ! 幻聴だって! 俺はもういいからみんな勝手に挑戦しててくれよ!」


 大岡裁きというか屈強な<探索者>による綱引きの紐にされた俺はどうにか逃げようとするも、逃げられない!

 お願い誰か助けて――――――。


≪ガチャ≫


 再び<黒の遺産>から音がした。

 もちろん俺は開けてない。

 つまり――――――

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