他猫の空似

蟬時雨あさぎ

たねこのそらに

 ずっとずうっとまえのこと。おばあちゃんのさんには、ぶんちゃんとばれるねこがいました。

 ぶんちゃんはしろとちゃいろとくろのまだらもようのみで、おばあちゃんはそのふわふわとしたせなかをよくなでていました。ぐちちかくにおかれたざぶとんのうえにいつもすわっていて、じーっとにらむようなするどいがこわくて。けれど、こえはへんてこで、ナアー、ナアー、とよくねこでした。

 そんなぶんちゃんは、あるとつぜんいなくなってしまいました。おばあちゃんとたくさんたくさんさがしましたが、ぶんちゃんはさんのそとにもなかにも、どこにもいませんでした。かなしくてなみだがとまらないわたしに、おばあちゃんはいました。


「ことちゃん。ねこきゅうしょうあり、ってうんだよ」


 ねこここのつのいのちをっているとわれているから、ぶんちゃんもきっとまたいにてくれる。いまとなっては、そのことわざがちがうをもっていることをってはいますが、おばあちゃんはそうってわたしをなぐさめてくれました。しかし、ぶんちゃんがいつもいたざぶとんのうえがからっぽなのをると、どうしてもさみしくて、だんだんとさんにはかなくなってしまいました。


 やがてわたしが大人おとなになると、おばあちゃんはおみせをつづけられなくなってしまいました。あしいためたおばあちゃんは、ながかんすわったままでいることができなくなってしまったのです。


「もうさんもわりかねえ」


 おばあちゃんはしかたがなさそうに、そういました。わたしはなんだかおばあちゃんのおみせといっしょに、ぶんちゃんがかえってくるばしょもなくなってしまうがして、おもわずいました。


「わたしが、さんをきつぐよ」


 こうしてわたしは、おばあちゃんのおみせをきつぐことになりました。さんがつづくことを、まちひとどもたちもよろこんでくれたのをおぼえています。

 わたしがさんの〝ことねえちゃん〟とばれるようになるころ、わたしはすっかりおみせのしごとがすきになっていました。しかし、ひとつだけ苦手にがてなしごとがありました。おばあちゃんにたのまれた、ぶんちゃんのざぶとんをせんたくする、というおしごとです。


いっげついっかいでよいから、ざぶとんをあらってほしいのよ」


 そうおばあちゃんにたのまれては、やらないわけにはいきませんでした。あらえばあらうほど、ぶんちゃんとのおもっていくようで、なんともいえないちになりました。それでも、ふかふかになったざぶとんをしまうことはできずに、わたしはおみせのぐちちかくの、いつものばしょへとおくのでした。


 そうしてせつがめぐったあるのこと。くもりそらはどんよりとくらくなり、かぜがごうごうとうなりだしました。ぽつぽつとふりしたあめはすぐにざあざあとおとてて、みちはすぐにちいさなかわのようになりました。さんに、あらしがきたのです。はこもしめってしまいそうなつよいあめに、ごろんごろ、とかみなりまでとどろきはじめたので、わたしはあわてておみせをめようとぐちへとかいました。

 そのときでした。

 おみせのまえのいけがきのもとに、なにかがちいさくをかくしているのをつけたのです。


 そこには、びしょぬれになったみけねこどもが、ぶるぶるとふるえていました。ところどころみにどろをけ、をつぶったまま、こえひとつもせないようすでした。がつけばわたしは、タオルでそのねこつつんでかかえると、さんのなかへともどっていました。たこともないねこのはずなのに、そのまだらもように、どこかなつかしいちがしたのです。

 タオルでねこの体をていねいにふいてから、ふるえるからだあたたまるようはこなかもうをしいて、そのうえにそうっとねこをおろします。ひとばんじゅうつきっきりでようつぎびょういんへつれていくとおしゃさんはいました。


「もうだいじょうぶですよ。ったけがもないですし、きっとすぐにげんになります」


 ことのとおり、ねこすこしずつげんをとりもどしました。ふやかしたちいさなドライフードをべ、だんだんはこそとるようになり、ざぶとんをかいあらうころには、さんのなかをたんけんするようになりました。ナアー、ナアー、ときながらたなのしたをのぞきこんだり、おみせにどもたちといけがきのまわりをかけまわったりして、はじめてったときがおもせないくらいに、げんいっぱいなすがたをせてくれるようになりました。

 ねことのせいかつがあたりまえになったころ、いつものようにさんでごしていると、どもたちがちょんちょんとわたしのそでをひっぱりながらいました。


「ことねえちゃん、ねこちゃんがねてる!」


 どもたちがしめさきをみると、ざぶとんのうえですうすうとねているねこが目に入りました。それまではいつもはこなかでねむっていたというのに、そこがぶんのばしょであるかのように、しっぽをまるめてすぴょー、すぴょー、とねいきをたてているのです。 

 そのすがたをて、わたしははっとしました。しろとちゃいろとくろのまだらもよう。そのみは、あのぶんちゃんとまるでおなじだったのです。


「ぶんちゃん?」


 おもわずわたしがんでも、ねこはすやすやとねむりつづけているだけでした。ねこきゅうしょうあり。おばあちゃんのことを思い出しながら、もしかしてとかんがえました。けれどやっぱり、んでしまったねこが、またかえってくることはないのです。このねこは、いくらすがたがていても、ぶんちゃんとはちがうのです。

 そのとき、ふとわたしの中で、にんそらということがうかびました。がつながっていなくても、すがたかたちがとってもているひときているなかで、出会であうことがめったにできないひと

 それとおなじように、ああ、きっとこれは〝ねこそら〟なんだ。そう思うとなんだかおかしくて、さみしくて。だけれど、どこかむねのおくがあたたかいちになりました。


「ねこちゃんのまえ、ぶんちゃんなの?」


 きらきらとねこを見る子どもに、すこかんがえてからわたしはいました。


「ううん、このはふみ。ふみちゃんだよ」


 ぶんちゃんをかんいたときの〝ぶん〟のきついで、ふみちゃん。言葉にすると不思議なくらい、その名前はねこぴったりっているようにかんじました。


 こうして、とおいおもといまがつながって、さんにあたらしいぞくえたのでした。

 ふみちゃんは、それからまいにちのようにざぶとんのうえすわり、おみせのかんばんねこになりました。そのことをおばあちゃんにでんはなすと、すこしのしずかなかんのあと。


「そうかい。ことちゃん、ふみちゃんのことをたいせつにするんだよ」


 おばあちゃんがやさしくそううと、ちかくにいたふみちゃんがナアー、と、わたしのわりにへんをしました。

 じゅこうでくすっとわらうおばあちゃんのこえがするなかで、わたしをるふみちゃんのそのは、どこかあのぶんちゃんのするどいまなざしにているようながしました。

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他猫の空似 蟬時雨あさぎ @shigure_asagi

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