24話 茶舞里奈の狂気
「気合を入れろ、大沢! 去年と何も変わってないぞ!」
翌日。河合先生の一言を聞くと、大沢はアッパーカットを放った。
[オマエは・好きな女の子が……それを認められない・違うか]
「ぐわああっ!」
「どうした、大沢」
河合は近づいて、大沢をのぞき込む。虚しそうな表情だ。
僕を許してくれ。逃げたい過去を、あの女の子が責めるように見つめている。真理と何度も「今日から、絶交だ!」とケンカをした。でも2日くらい経つと、僕の方から「ごめんね」と言っていた。あの頃は「ごめんね」の一言で済んでいた。
「ごめんね」を言いたい。だが、言っても許してくれないだろう。あの頃「ごめんね」を言う度に思った。今度は許してくれないんじゃないか。
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「真理、ごめんね」
「いいよ、知也くん! 知也くんのせいで、私は自分を追い詰めた。そして、お母さんの車に飛び出して、私は死んだ。でも、知也くんは悪くないよ! 死んだ私が悪いんだよ!」
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「僕の首を絞めないで……」
「お、大沢。どうしたんだ?」
「謝りたい。ごめんねって言いたい。許してくれなくても、いいから……」
大沢は決めていた。隆が探すと言っていた「知也くんの記録」が見つかるまでは、ボクシングを続けると。しかし、反射的に放ったアッパーカットは、モグラから教わった。
「大沢、少し休め。今日はもうあがれ」
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「大沢くん!」
帰ろうとすると、坂野が待っていた。どうしてエピローグの続きがあるんだ。歪んでいる。坂野緑は、高田真理じゃない。だけど、この無邪気な笑顔。悲劇は全部ウソで、18歳の真理が目の前にいる。僕は関係なくて、真理のお葬式は夢だった。
坂野の笑顔は、そう思わせた。いや、思い込みたかった。坂野という女の子は、大沢を無邪気に喫茶店に連れて行く。
「どうしたの? 早くサブリナに行こうよ。勉強、勉強」
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「大沢くん、ここの問題を解いてみて」
坂野はもう一度コーヒーを頼むと、大沢に問題集を差し出した。
「大沢くんは数学の成績が一番ピンチだから、やってみて」
「……坂野さん、学校の部活って何のためにあるんだ」
大沢は唐突な質問をぶつけた。フイルムが狂ったように巻き戻る。次第に憎しみが湧いてきた。そうだ。僕が悪いんじゃない。答えない坂野に、大沢は怒りを交えて続けた。
「先生は無理やり努力させて、それを美談みたいにして。最後に負けたら『お前らはよくやったよ』とか言ってさ。バカみたいだ」
おかしい、なぜ黙っている。だが、彼女は自分にも真理にも無い物を持っていた。大沢が呆然としていると、坂野は啖呵を切った。
「要するに投資でしょ。何かになるって思う物に、時間を割けばいいんじゃないですか」
今日は大沢が机を叩いた。サブリナは一瞬、沈黙につつまれる。
「お前は……いや、坂野さんは帰宅部でよかったのか?」
「もちろん」
「だったら言えよ。帰宅部の何がいいのか、言ってみろよ」
すると、坂野は意味不明な羅列をはじめた。この女の子は、やっぱり真理じゃない。坂野のブラックホールに吸い込まれる。もがいても、もがいても、逃げられない。おかしい。だが、坂野は「自分」を持っていた。
「ラブコメ、ギャグ、スポーツ、ミステリー」
「ど、どうした、坂野さん」
坂野は止まらない。間違っていたのは僕かもしれない。坂野は揺るがない何かを持っている。
「バトル、医療、歴史なんかはもちろん、つまんない作品も読んでいる」
「……?」
「私は部活の代わりに、面白いと思うマンガを片っ端から読んでいる。それが、私の部活動」
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トモヤクン、私、吹奏楽部にナッタヨ。でも「真理ちゃんは見てなさい」ッテ
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「解き終わったぞ」
大沢の解答を採点すると、坂野は少し怒った。
「ボクシングは関係ないくらい、家で勉強してないでしょ。1年生のレベルから間違っている。文字を含む式の場合は……」
その時、坂野はノートの隅に目を見張らせた。
それを見て大沢は気が付いた。守らなくては。この女の子を守るんだ。だが、いつかの記憶に反し、今は僕が守られている。彼女の目が、フイルムの反射で刃になった。彼女の一言に、大沢は虚を突かれた。
「ちょっと! 正の数、負の数も間違っているじゃない! プラスマイナスの計算くらいで間違えないで! それにここ、分数の計算すらできていないわ!」
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すごい! トモヤクンは、どんな難しい問題も、すぐに分かっちゃうんダネ!
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「もうやめろ!」
大沢は大声をあげた。あの日の真理みたいに。
「ど、どうしたの……」
坂野にそう言われても、大沢は恐れるような表情をしている。
「どこだ。どこにいるんだ、真理。出ておいで。一緒に遊ぼう」
「どうしたの、大沢くん? そんなに怖い顔しないで」
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トモヤクン……ソンナニ、コワイ顔シナイデ……
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「すまない、坂野さん。もう二度と会うこともない」
「ちょ、ちょっと。どうしたのよ! 私は知也くんが……」
「真理、それを言うな!」
大沢は荷物をまとめてコーヒー代を置くと、行ってしまった。
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