コミック書評:『雨の』(1000夜連続34夜目)

sue1000

『雨の』

物語の舞台は、ある小さな町。季節外れの長雨に覆われ、日が暮れても止む気配のない雨音が、ひたすら地表を叩き続けている。近くを流れる河川はすでに限界を超え、濁流は住宅街のすぐそばまで押し寄せている。ニュースでは避難勧告が繰り返され、役所の放送車が「高台へ移動してください」と呼びかける。それでも、すぐに家を捨てるかどうかを決められないのが人間というものだ。本作は、そんな極限状況に置かれた一家の姿を描き出す。


主人公は17歳の少年。父、母、そして兄と暮らす四人家族だ。家の外では雨が壁のように降りしきり、足元からは浸水がじわじわと広がる。家具が傾き、布団が濡れ、足元を冷たい水が撫でていく。父は「まだ大丈夫だ」と言い張り、母は「早く逃げなきゃ」と声を荒げる。兄は苛立ちを隠せず、主人公だけが宙ぶらりんの気持ちでその光景を見つめている。外から押し寄せる濁流と、家族の間に渦巻く不和。その二重の圧力がページをめくるごとに膨張していく。


そこに、見知らぬ老人が現れる。玄関を叩き、「祖父の職場の同僚だ」と名乗って家へ上がり込むのだ。ずぶ濡れの雨合羽から滴り落ちる水が畳を濡らし、ただでさえ混乱する家の中に、さらに異物を持ち込む。祖父はすでに亡くなっており、誰ひとりとしてこの老人を知る者はいない。それでも彼は当たり前のように食卓に腰を下ろし、家族の議論を黙って聞いている。問いかけには曖昧に答え、時折「水は戻らない」「雨は止まらない」と繰り返す。その口調は淡々としているのに、耳に残って離れない。


夜が深まるにつれ、家の中は膝まで水に浸かり、ろうそくの火が頼りなく揺れる。母のすすり泣き、兄の怒鳴り声、父の沈黙。そのすべての中心に、老人は静かに座り続ける。顔の皺は影に呑まれて歪み、見る角度によってはまるで皮膚の下に別の顔が潜んでいるかのようだ。異様に濃い影だけが、やたらと存在感を放つ。


そして物語は、翌朝に切り替わる。救助隊が濁流の引きかけた町を見回り、一軒一軒確認していく。主人公の家の扉もこじ開けられるが、そこには誰もいない。水浸しの家具、泥にまみれた衣服、乱雑に散らばった食器――すべてが混乱を物語っているのに、人影は一つも残されていない。まるで、夜ごと水と共にすべてが流されてしまったかのように。


このラストシーンこそが、本作の最大の不気味さだ。物語全体を貫いていたのは、怪異そのものではなく「唐突さ」の恐怖である。雨も氾濫も、そして老人の登場も、一家の消失も、何の前触れもなく、ただ“そうなってしまう”。読者は閉じられた扉の前で呆然と立つ救助隊と同じ立場に置かれる。すなわち、運命は説明も猶予もなくやって来る――その事実を突きつけられるのだ。


『雨の』は、災害ホラーの枠に収まらない。「唐突さ」という人間が最も無力な瞬間を形にした作品であり、読後、降りしきる雨音がいつも以上に耳にまとわりつく。まるで、自分の家の扉の向こうにも、あの老人が立っているのではないかと錯覚するほどに。








というマンガが存在するテイで書評を書いてみた。

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