ますこみのおもいで「視線」
ナカメグミ
ますこみのおもいで「視線」
1990年代後半。札幌で初めてのパレードが開かれた。
薄曇りの休日。若手の記者は、休日出番が多い。取材に向かう。
警察の許可を得て公道を練り歩く、れっきとしたパレード。でも、取材受付場所の周辺に集まる人々の空気は、政党や各種団体のそれとは、明らかに異なった。
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大通りの一角に設けられた、取材受付テントへ向かう。取材許可証のネックホルダーとともに、受け取った厳重注意。
「写真撮影は、ステージを兼ねたトラック上と、その周辺の方のみでお願いします。
少し離れて歩く、後方の方々の写真撮影はご遠慮願います」。
公園の一角に目をやる。美しく、艶やかなメイク。華やかな衣装をまとい、底の高いヒールやブーツを履いた人々。
昔、故郷の動物園で初めて見て驚いた、羽を広げたクジャク。その暗色の美を思い出す。昼間に見るには、異彩を放つ妖しい美しさ。
その方々と少し離れた場所に、黒のヨットパーカーにトレーナーなど。地味な装いで、数人のグループごとに分かれて話す人々がいた。
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ステージを兼ねたトラックが動き出す。パレードが始まった。リズミカルな音楽とともに。「レインボーマーチ」。
ステージの上で、大振りで華やかな扇子を手に舞う人々。ドラァグクイーン。美しい妖花だ。全身から弾き飛ぶ解放感。高身長をつつむ艶やかな衣装。ヒールの高い、または厚底のブーツが、更にそのスタイルの美しさを際立たせていた。
その周辺を歩く普段着に近い人々。一様にうつむきがちだ。手にレインボーの旗や、スローガンが書かれた布を持つ。少し離れて歩く後方の人々は、更にうつむきがちだった。
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休日の大通り。そのパレードを見る人々の目は、冷たかった。
幼い子供を抱く父親。汚いものを見るような、見下す視線。
男女のカップル。笑いながら話して向ける、好奇の目。
父親よ。
おまえが今、腕に抱く子供に、将来そのような目が向けられたら、どう思うか。
男女のカップルよ。
もしおまえらに子供ができたとして、そのような好奇の目を向けられたら、どう感じるか。
カメラのシャッターを切る合間に、見える光景。湧いてくる怒り。
その冷ややかな視線は、腕章と取材許可証を付け、トラックを追いかけながら、シャッターを切る私にも向けられた。
「おまえも、そちら側の人間か」。人の目こそ、最も雄弁だ。
多数派が少数派に向ける、無遠慮な優越の目。自分こそが正しいと信じる、想像力のない視線。
私の意地。絶対に美しい写真を撮ってやる。
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マンションの管理人室。ガラスの窓をノックする。中にいる男。前頭部が薄い。
60歳ほどか。姑がひたすら嫁をいじめる国民的人気ドラマを、テレビで熱心に鑑賞中らしい。
「すみません」。声をかける。
こちらを見た。私の今日の装い。深くえりぐりが開き、体にフィットしたラベンダー色のニットワンピース。私生活では絶対に着ない、趣味の悪い服だ。足元には、5センチの紺色のハイヒール。今の私の限界だ。
管理人室のガラス窓から、胸が強調される高さなら、いい。
これまでの外勤記者の経験で得た教訓。男は女の胸に、視線が行く傾向がある。
強調さえすれば、顔より先に、胸を見る。最初は嫌で堪らなかった。マフラーで隠していた。泣いていた。
でも数年も経てば、強くなる。仕事、そして目的のために。使えるものは、ギリで使う。媚を含んだ声を作った。
「知り合いがここに住んでいるのですが、お願いがありまして」
出てこい。早く。
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管理人の男。相好を崩してドアを開けた。若い女1人に、警戒心なし。
出てきた。腹のみぞおちあたりを、思い切り蹴る。運動をしてきた。スピードスケートとバレーボールで鍛えた、太ももとふくらはぎの筋肉。自信がある。
うまく入った。後ろにひっくり返った。
たるんだ腹に、馬乗りになる。胴体を両脚ではさみこむ。素早く脱いだ左足のハイヒール。右手で持つ。
その細いヒールの先で、頭を連打する。
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この男の罪。私の友人の1人の、心を傷つけた。引っ越しに追いやった。
友人は、このマンションに同性のパートナーと2人で住んでいた。レインボーマーチの取材で知り合った。
いずれも同じ、20代後半。3人で映画の話をした。ジャズを聴いた。酒を飲んだ。取材や損得なしで話せる、数少ない友人だった。2人とも、歓楽街の夜の仕事。
夕方、出かける。朝、帰る。
ある夜。この男が、歓楽街で興味本位に入った店。彼らが勤める店だった。
それ以来、ゴミ出しの朝に。会社員とは明らかに異なる外出時間のたびに。
舐めるように彼らを見るという、この男の好奇の目。
その視線に苦しみ、悔しそうに話していた、友人の涙の目。
男よ。それは視姦と同じだ。
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頭から飛び散る血。口にかかった。唾を吐き出す。
主流なだけで、人の心を傷つけるな。
その視線の判断は、確かなものか?。明確か?。永遠か?。
ヒールの先で連打する。細いヒールだが、簡単には折れない。安物のヒールは、付け根から簡単に折れる。ここは奮発して、高価なヒールが正解だ。
動かない。男の頬をたたく。気絶したらしい。終了。
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肩にかけた黒いトートバッグから、黒い長袖のシャツを出す。羽織る。こんな趣味の悪い服では、外を歩けない。
生物学上ある、2つの突起物。一般的な社会通念上、窮屈な下着で隠すのがマナーとされる、2つの肉の塊。私はそれが、嫌で、邪魔で、たまらない。長袖シャツのボタンを止めて、覆い隠す。
脱いだ左のヒールを拾う。右足のそれも脱ぐ。バッグに入れて持ってきた、ビニール袋に入れる。スニーカーを出して履き替える。ヒールは、自分の体の一部のように履きこなすのが、難しい。動いて歩き回るには、私は5センチがやっとだ。
あのトラックのステージの上。黒いブーツで舞い踊るドラァグクイーンの美。私はあのブーツでは、一歩たりとも歩けまい。美は、一朝一夕には無理なのだ。強い意志が必要だ。そして美のあり方は、広く、自由だ。犯罪行為でなければ。人に迷惑をかけなければ。人の心を傷つけなければ。
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友人の1人は、パートナーと別れ、この地を離れることを決めた。
東京。その方が彼にとっては、呼吸がしやすいはず。生活でも、仕事でも。
さびしいけれども。
礼儀をきちんとするように、母から言われていました。
「おつかれさまでした!」。
気絶しているであろう頭の赤い物体に、お辞儀をして帰りました
(了)
ますこみのおもいで「視線」 ナカメグミ @megu1113
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