第9話:気づく


木曜日、スマホが鳴った。


柊からだった。


> 「すみません、今週の日曜、予定が入ってしまいました。 また来週、お願いできますか?」


画面を見つめた。


そっか。


胸が、少しだけ沈んだ。


すぐに返信した。


> 「大丈夫です。また来週」


送信ボタンを押してから、気づいた。


残念だった。


会えないことが、残念だった。


---


日曜日の朝、目が覚めた。


いつもなら、柊に会う日。


でも今日は会わない。


カーテンを開ける。晴れてた。


何をすればいい?


掃除をした。洗濯をした。昼ご飯を食べた。


時計を見ると午後2時を指していた。


いつもなら、今頃カフェにいる。


そして


気づいたら、カフェの前にいた。


なんで来たんだ、私。


柊はいない。一人で来ても、意味がない。


でも——


足が、ドアを押していた。


「いらっしゃい」


マスターが迎えた。いつもと同じ声。


「コーヒー、一つ」


「ブレンド?」


「……はい」


いつもの席に座った。


隣が空いてる。


---


コーヒーが来た。


一口飲んだ。


美味しい。いつもと同じ味。


でも——


何かが足りない。


隣の席を見た。


誰もいない。


柊がいない。


柊がいないだけで、このカフェが違って見える。


色が薄い。音が遠い。


空っぽだ。


---


本を取り出した。


読もうとした。でも、文字が頭に入らない。


同じ行を何度も読んでる。


なんで?


なんで、集中できない?


柊がいないから?


ページを閉じた。


コーヒーを飲み干した。


会計を済ませて、店を出た。


---


街の中を歩いた。


日曜日の午後。人が多い。


カップルが通り過ぎる。家族連れが笑ってる。


みんな、誰かと一緒にいる。


私は一人。


でも、一人じゃなかった。


いつもなら、柊がいた。


隣を歩く柊。話を聞いてくれる柊。笑ってくれる柊。


柊がいない今日、初めて気づいた。


私、柊に会いたい。


立ち止まった。


人混みの中で、一人で立ち止まった。


会いたい。


ただ会いたい。話したい。笑いたい。隣にいてほしい。


これは——


愛か?


---


怜がいない時、私は狂った。


6週間、毎晩怜の部屋に通った。食べられなくなった。眠れなくなった。仕事を落とした。病院に運ばれた。


壊れた。


柊がいない時、私は——


寂しい。


それだけだ。


狂わない。壊れない。ご飯も食べられる。仕事もできる。


ただ、寂しい。


この違いが、全てだ。


怜への依存は、怜がいないと私が存在できなかった。


柊への——


この感情は——


いなくても、大丈夫。


大丈夫だけど、会いたい。


会いたいけど、待てる。


---


家に帰った。


ソファに座った。


スマホを手に取った。


柊との会話を開く。


> 「大丈夫です。また来週」


私が送った最後のメッセージ。


会いたい、と送りたい。


指が、文字を打ち始めた。


> 「会いたい」


画面を見つめた。


送信ボタンに指を置いた。


押さなかった。


文字を消した。


来週まで、待てる。


苦しい。会いたい。でも——


待てる。


怜の時は、待てなかった。我慢できなかった。


柊の時は、待てる。


この「待てる」が、違うんだ。


依存は、待てない。愛は、待てる。


---


ベッドに横たわった。


天井を見た。


私、柊を愛してる。


声に出して言った。


誰もいない部屋で。


「私、柊を愛してる」


涙が出た。


嬉しくて。怖くて。


また誰かを愛してる。


また依存するんじゃないか。また壊れるんじゃないか。


でも——


柊は、怜じゃない。


柊は消えない。柊は約束を守る。


「また来週」と言った。


なら、来週、必ず会える。


信じていい。


この人は、信じていい人だ。


---


涙を拭った。


スマホを見た。


来週の日曜日まで、あと6日。


待てる。


待てるけど、会いたい。


この矛盾が、愛なんだ。


目を閉じた。


柊の顔を思い浮かべた。柊の声を思い出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る