第5話 やはり薬師の金銭管理に問題がある

「本当に大丈夫か? 今日は暇だし、手伝いくらいならできるぞ?」

「だいじょーぶ! ビッ君は外でのんびりしてて!」

ニコッと笑ったミーナは、そのまま俺の背中を押して玄関から追い出した。


――ビッ君、ごめん! 今日は調薬の依頼が立て込んでて……家の中、散らかるから入っちゃダメ!

バタン、と扉が閉まる。

……なんだ、あれ。

家の前にぽつんと取り残された俺は、ため息をひとつついて、仕方なく市場へ向かうことにした。


 串焼きをかじりながら街をぶらついていると、ふと腰の剣がきしむ感触がした。

やっぱこの剣も、そろそろ限界か。


 鞘の上から撫でながら、行きつけの武具店のおやじと話した時のことを思い出す。

――お前なら竜骨合鋼を使った剣だな。まだちぃっと重いだろうが、芯が強ぇ。

多少の無茶でもびくともしねぇし、慣れりゃ今よりずっと力を乗せられる。お前向けだ。


 あの時はずいぶん話し込んだが、値段を聞いて結局諦めたんだよな。

気づけば、武具店の前に立っていた。


店の扉を開けると、酒やけした声が飛んできた。

「おう、ビックス! 調子はどうだ」

「まあまあ、かな。そっちは?」

「おめぇんとこの仕事のおかげで絶好調よ! 今回は会心の出来だったぜ!」

「……は?」


 思わず固まる。俺、何も頼んでないぞ?

「あっ、しまった……わりぃ! 今のは聞かなかったことにしてくれや!」

おっさんが慌てて口を押さえて、店奥へ逃げ込む。


……どういうことだ?

俺が知らないところで、誰かが依頼した?

そんな話、聞いてないぞ。

そもそも、お金だって結構かかる――


 胸の奥で、嫌な予感が弾けた。

気づけば俺は、転がるように店を飛び出し、家へ向かって駆け出していた。

だが、すぐにその足が止まる。


 落ち着け……前回みたいに勘違いだったらどうする!


 深呼吸をひとつ。

前の騒動を思い出せ……まずは、証拠を見つける方が先だ。


 俺は踵を返し、ギルドへ急いだ。



 深く息を吐き、ゆっくりと家のドアをくぐる。

「ビ、ビッ君!? どうしてこんなに早く……!」

驚いたミーナが駆け寄ってくる。


「ミーナ……」

名前を呼んだ声は、自分でも驚くほど低かった。

その向こうに、パーティーのみんなの姿も見えた。

「なんだ、みんなもいたのか。……丁度いい。少し話したいことがある」


 重い雰囲気を纏っている俺に、茶化す声はない。

ミーナが震える手でお茶を配り、全員が静かに席についた。

一口だけお茶を飲み、ようやく声が出せた。


「……残念だが、ミーナ。お前がパーティー資金を横領していたことが分かった。……今日でお前を追放する」


 ミーナの目が大きく揺れ、みんなも息を呑んだ。

俺だって信じたくなかったさ。

ミーナが……こんなことをするなんて、思いもしなかった。


「この前みたいな……勘違いではないのか?」

リリーさんの声は、いつもより沈んでいた。


「俺もそう思いたかったさ。でも、これを見てくれ」

テーブルに紙を置く。

ギルドで受け取った振込記録だ。


「ギルドに行って、少し前からの依頼の報酬の振込先を確認してもらってきたんだ」

紙の上を指でなぞりながら説明する。


「こっちが俺たち個人の口座で、これがパーティーのための口座。……でも、それ以外にも口座があったんだ」

ミーナの肩がびくりと震える。


「この口座には、ミーナの報酬の一部と……俺以外の、みんなの報酬から、少しずつ金が入れられてた」

誰も言葉を発せない。


「それで、最近引き出された形跡があって……武器屋のおやじが……俺たちの誰かの新しい武具を作ったって……」

胸の奥が熱くなる。

抑えていた感情が、堰を切ったように溢れた。

「なんで! なんでこんなことしたんだよ!」


 紙に両手を叩きつけて叫ぶ。

バンッと跳ねた音が、部屋の空気を凍りつかせた。

ミーナは俯いたまま、かすかに震えていた。


「あー……あのな、ビックス。落ち着いて聞いてくれ」

重い空気が支配する中で、声を上げたのはレオナードだった。


「俺たち、その口座のこと、知ってるんだわ」

「……えっ」


 思わず、メンバーを見回す。

リリーさんもクララベルも、気まずそうにうなずき返してきた。


――なぜだ?

なぜみんな知ってて何も言わなかった?

いや、俺だけが……なぜ知らなかったんだ?


「その……黙ってて、ごめんね。ビッ君」


 ミーナが、のぞき込むようにこちらを見つめてくる。

俯いていた顔を上げ、ためらうように話し出した。


「みんなとお話して、ビッ君に内緒で、貯金をしてたの」


 それは、もうわかった。でも、なぜそんなことを?

俺の顔色を読み取ったのか、ミーナは苦笑いを浮かべた。


「みんなで、サプライズプレゼントをしようって話したの」


 サプライズ? プレゼント? 誰に?

思考が、追いつかない。


「ビッ君。今日はビッ君の誕生日だよ?」


 言葉の意味を理解するより先に、ミーナが立ち上がった。

そのまま部屋の奥へ駆け込み、何かをごそごそと探し始める。


「……ミーナ?」


 ぽつんと取り残された俺は、ふと部屋を見回した。

壁際には、途中まで飾りつけられた紙飾りが垂れ下がり、テーブルの上には人数分の皿が並べられている。

その横には、広げられた包み紙と巻かれたままのリボンが転がっていた。


 さっきまで気づかなかった光景だ。

そっか、毎年忘れちゃうんだよな……俺……


 ミーナは一振りの剣を抱えて戻ってきた。

鞘に収まったままでも分かる。見たことのない、新品の剣だ。


「ビッ君」


 そっと差し出される。


「誕生日おめでとう」


 胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。

さっきまで怒鳴っていた自分が、急に情けなく思えてくる。


「……ごめん。俺……完全に勘違いして……」

「ううん。怒らせちゃったのは、私たちだよ」


 ミーナは、困ったように笑った。

その笑顔が、余計に胸に刺さる。


「……ほんと、ごめん」


 湿っぽくなりかけた空気を、レオナードが軽く手を叩いて吹き飛ばした。


「おっ! 今日のビックスは、逃げないんだな?」

そう言いながら、ぐいっと肩を組んでくる。

「逃げねえよ!」

「なら、さっさと準備しないとな! ビックス! お前も働けよ!」

「俺のパーティーなのにかよ! まぁ、やるけどさ!」


 返事の声が、つい大きくなる。

サッと振り返り、空き箱や樽をいそいそと動かして、部屋の隅を片づけにかかった。

……照れ隠しだとバレてなければいいけど。


 やがて、部屋の中にいつもの賑やかな気配が戻ってくる。

ほっと一息するその裏で、胸の奥では別の覚悟が静かに固まっていく。

伝えれば何かが変わってしまうと分かっていても、もう誤魔化せない。


――ミーナに、ちゃんと伝えよう。

この気持ちも。これからのことも。


 そう決めた瞬間、腰の新しい剣の重みが、はっきりと感じられた。

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