第12話 『 望郷 』

 2015年春、父が亡くなって丸一年が過ぎ、いよいよカイも僕ら夫婦と共に佐賀へ引っ越すことになった。僕が心配になったのは病院のこと。熊本市内には僕の友人、江藤君が駐車場誘導係として勤める二十四時間診療の病院もあったが、なにぶん佐賀の実家近くにはそのような恵まれた環境は望むべくもなかった。ネットで調べてみると鹿島市内に一件小奇麗な病院が一つ見つかりとりあえずの安心はしたが。

 旅立ちの朝も当のカイは我関せずと云った態だった。ただ数日前から大掛かりな引っ越し作業を行っていた為、何か身辺で普通ではない変化が起きていることは分かっていたようだったが、それでも僕らが忙しく立ち働くのを半ば迷惑そうに部屋の隅から眺める格好だった。僕らは当日そんなカイを外に逃げ出さないように注意深く捕まえ、いつものバスケットに入れた。そしてぎゅうぎゅう詰めになったタントの荷台の端に置くと僕らは大家のヒロセさんに挨拶に行った。

「しっかり猫まで可愛がってもらって」

 ヒロセさんが駐車場の小庭にまで出てきて僕らに声を掛けてくれていると、たまたまそこにカイのガールフレンドのメス猫が現れた。僕らはバスケットからカイを出して彼女に最後の挨拶をさせようとしたが、カイは多少テンパっているのか、自分のガールフレンドには特に思い入れはなさそうだった。

「おい、もうここは最後なんだぞ」

 僕はそうカイに言葉を掛けたが、鬱蒼とした元自宅周辺の緑の景色に目をやるといつの間にか僕の方が感傷的になりかけた。

 僕らはそれから車を出発させ、江藤君のアパートに立ち寄った後、フェリーで熊本を発った。不安そうに時々鳴き声を上げるカイを見ていると、やむを得ない事情とは云え、一匹の年寄り猫を見ず知らずの土地に連れ行くと云うことに何とも不憫な気持ちになった。(その後、彼の佐賀の家での不慣れさを思い出すとそれは尚更な感じになる)。

 それから4年、何度も熊本には足を向ける機会はあったが、結局カイにとってはそれが生まれ故郷との別れとなってしまった。

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