第10話 『 兆候 』

 いつの間にかカイはすっかり我が家の一員となり、気がつくと僕らの横でしっかり身を横たえ寛いでいた。そのカイの老いを僕が少しずつ感じてきたのは、僕の父親の癌が進行していくのとほぼ同時期だった。

 父親の病気が分かったのは、僕が人形劇団を辞め、二度目の塾講師になった年の秋だった(僕は三十九歳になっていた)。突然父親から電話があり「癌になった。もう手術はできないらしい」と告白された。僕自身これからどう生きていくか見通しが付かない中、僕は近い将来父親を失くしてしまうことになると云う不安・悲しみに胸を締め付けられていた。

 その頃から僕は頭痛がひどくなった。早朝のコンビニバイト。そして夕方からの塾の仕事を続けながら、何だか自分が擦り減っていく感じがした。今から考えれば軽いうつ状態だったのかも知れないが…。

 そんな中、僕はカイにどれだけ慰められたか知れない。カイの日常的な仕草をただ漫然と眺めているだけで僕の感性は随分と和らげられた。現実は現実として、束の間無言の平安に身を預けることができた。そして五年が経ち、父が長い闘病の末亡くなり僕ら夫婦は佐賀の実家に戻らざるを得なくなった。そしてそんな頃、急にカイが発作のようにひどくえずくようになった。その際の「ケーッ」と云う断末魔然とした声(?)はいかにも苦しげで、僕らは早速カイを少し離れたところにある救急の動物病院に連れていったが、それ以降時折カイは血を吐くようになってしまった。そして毛並みも徐々にけば立つようになった。

 夜、僕が自分の部屋で書き物をしていると、遠くの暗闇からすたすたとカイが寄ってくる。僕はカイを抱きかかえ、いつものように眼やにを取ってやってから頭を撫ででやる。カイは気持ち良さそうな表情になる。僕はそれに微笑みながらも一抹の不安と悲しみを感じざるを得ない。

「ああ、こいつも年取って、いつかは自分の元からいなくなってしまうんだな」と。

 もちろん当のカイはそんな僕のセンチな思いなど知らずに、それ以降も相変わらず我関せずの態で家の内外を自由に徘徊していたのだが…。 

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