『 カイの事など 』

桂英太郎

第1話 序章 ~ 『 出会い 』

 今年、令和元年の終戦記念日にうちの飼い猫、カイが死んだ。死因は誤飲。推定年齢は十八歳ぐらいだったので寿命と云えば寿命だが、最後はがっついた餌が気道に詰まり、僕も何とか処置しようと頑張ったが、結局カイは僕の腕の中で段々と力を失いそのまま逝ってしまった。その間、ものの十五分。なんとも呆気ない最期だった。

 熊本で飼い始めて早や十三年を過ぎ、佐賀に帰郷してからはあれほど大きかった身体も筋肉が落ち、一回り小さくなった感もあった。鼻からは始終鼻水を垂れ、所構わず擦りつけては母親からその都度罵倒されていた。尤も女房によると、最近では耳も遠くなっていたようで、我関せずの王者然とした風格は依然保っていたようだが。

 庭先にこさえたカイの墓を眺めつつ、僕は過ぎていった年月を意味もなく憐れむ。そしてもう記憶からも消えかかったあれこれの出来事が、カイの何気ない仕草が、僕の頭をひっきりなしに蹴飛ばす。「おい、カイは死んでしまったんだぞ。もう二度と帰って来ないんだぞ」

 そう言って、途方に暮れる五十目前の僕を脅迫し続けるのだ。


 カイとの出会いは忘られようがない。彼は「泥棒猫」ならぬ「押しかけ猫」だった。突然深夜の家にやってきては縁側から連日「中に入れろ」と引き戸をこじ開けようとした。その前年結婚したばかりの僕らは、その古ぼけた集合住宅の一つに住んで二年が過ぎようとしていたが、子どもはまだいなかった。その空白にカイは突然割り込んできたのだ。

 正直僕も女房も怖かった。何よりも有無を言わさぬその態度。そして闇に紛れてよく分からないその濃い灰色の巨体。しかしそれが数日続くとさすがに僕らは恐怖と云うよりも寝不足からくるはた迷惑感の方が強くなっていった。当時僕らは揃って人形劇団の仕事をしており、その巡回公演の為毎日早朝から仕事に出掛けていた。寝不足は即仕事に響く。遠方まで出掛ける時は交通事故の原因にすらなるかも知れなかった。

「もうダメ、開けるからね」

 女房がそう言って、布団から立ち上がり戸に手を掛けた瞬間、僕らとカイの運命は決まってしまったのだろう。 

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