第3話 商品化決定の日に熱を出す元魔王

 今日は、俺にとって入社してから一番の勝負の日だった。


 スイートシンフォニーの新商品最終プレゼン日。


 新商品候補を上層部に提案し、採用を決める会議だ。


 俺の案は「3種のブドウ果肉包み濃厚チョコ」。


 アリスティアの「甘酸っぱさがあれば」と「プチプチする食感が感じられれば」という二つのアドバイスがきっかけで生まれたもの。


 対抗は、同じ商品開発課の五年先輩のエース・山崎さんの「抹茶とホワイトチョコの和洋折衷シリーズ」。


 会議室は重苦しい空気。


 貫禄のある役員がずらり。


 俺が説明し終えると、静寂。山崎さんの案も悪くなかった。


 正直、五分五分だと思っていた。


 ある役員が口を開く。


川越かわごえくんの案を採用する。絶妙な甘酸っぱさと果肉のプチプチ食感が新鮮で市場で差別化できる。来季のうちの主力商品にしよう!」


 瞬間、会議室がどよめいた。


 山崎さんが悔しそうな顔で俺を見る。


 同僚たちが拍手。


 俺は、胸の奥が熱くなった。


 ……アリスティア、ありがとう。

 

 本当なら退社してすぐにでも家に帰って知らせたかった。


 でも、プレゼン後の流れで課内で祝勝会が決まった。


 居酒屋に移動。


 ビールが回り、みんな上機嫌。俺にプレゼンで破れた山崎さんは体調が優れないとかで欠席。後輩の俺に負けて相当悔しかったんだろう。


 そんなことを思っていると、後輩の森橋もりはし瑞葉みずはが絡んできた。


 瑞葉は入社2年目の24歳。


 小柄で小動物系の顔立ちだが、酒が入ると性格が変わることで有名だ。


「せんぱーい! おめでとー! やりましたねー!」


 いきなり俺の隣に座って、腕に絡みついてくる。


「ありがとう、森橋さん」


「森橋さんじゃなくて、瑞葉って呼んでくださいよぉ~」


 すでに酔ってる目。


 周りの同僚がニヤニヤ見てる。


「私、川越先輩のこと、この課に配属されてからずっと好きだったんですよぉ~」


「え……」


 周りが「おおー!」と囃し立てる。


「今日までいっぱいアピってきたのに、全部スルー! 挙げ句の果てに、美少女魔物とパートナーになっちゃって、私、先輩のせいで病んじゃうかも! 責任取ってくださいよぉ~!」


 瑞葉が俺のポケットから財布を勝手に取って、パートナー証明証を引っ張り出す。


「このカードは私かここで燃やしますからぁ~」


「森橋さん、酔いすぎだよ。今日はもう帰った方が——」


「森橋さんじゃなくて、瑞葉って呼んでくださいよぉ~! どうせこの子のこと、アリスティアちゃんとか呼んでるんですよねぇ~!」


 瑞葉が証明証の写真を見てにやり。


「私の方がおっぱいこんなに大きいのに! こんなちっパイが好きなんですかぁ~?」


 周りが爆笑。


 俺は真っ赤になって、


「誤解だよ、森橋さん。アリスティアは……俺よりずっと年上なんだよ! この証明証にも書いてあるだろ? 推定200歳って!」


 瑞葉が目を丸くして、


「でもでも、推定じゃないですか! 推定ならなんとでも言えますよね?」


「区役所が200歳って認めてるんだから200歳なの!」


「じゃあ、先輩は若作りした推定200歳の子がタイプなんですね! どっちにしても、とんでもない変態じゃないですかぁ~!」


 店内が大爆笑。


 俺は頭を抱えた。


 それでやっと瑞葉から解放されて店を出たのは24時過ぎ。


 タクシーで急いで帰宅。ドアを開けると、リビングが暗い。


 でも、アリスティアの寝息が聞こえない。


「……アリスティア?」


 ベッドに近づくと、彼女が横になって、ふぅふぅと苦しそうに息をしてる。


「おい、どうした?」


 近づいておでこに手を当てる。


 ……熱い。いつもはひんやり冷たいのに、今は火のように熱い。


「アリスティア、大丈夫か?」


「……理太郎……熱くて……苦しい……」


 金色の瞳が潤んで、俺を見上げる。


 紫髪が汗で額に張り付いてる。これはただの風邪じゃない。


 元最恐魔王の体調不良……デバフの影響か?


 慌ててスマホでタクシーを呼ぶ。


「病院だ。今すぐ行くぞ」


 アリスティアをおんぶして、玄関へ。


 外に出ると夜風が冷たい。


 アリスティアが小さく震えて、


「……理太郎……ごめん……また迷惑かけて……」


「謝るな。大丈夫、俺がいるから」


 タクシーに乗り込んで、近くの救急病院へ。車内で、アリスティアが体をこちらに預けて俺の手に自分の手を重ねてくる。熱い。でも、握り返すと、少し安心したように目を閉じた。


 ……ブドウチョコの商品化、知らせたかったのに。


 でも、今はそれどころじゃない。この子を絶対守らないと。

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