不倫の果ての命拾い

すどう零

第1話 一度の横領が私の人生を狂わせた

 私の半生記、いや反省記をここに記してみたい。

 書き終わったとき、ようやく安心して赤ん坊のようにすやすやと眠れそうだ。

 今、背後から襲われ、命を奪われる覚悟でこの話を書いている最中である。

 このことは仕方がない。

 私はこの世のサバイバルゲームー生存競争にもまれ、生きるためとはいい、人から恨まれても当然の生き方をしてきたのだから。


 私、平凡な三十代を迎えようとしていた。

 今までは、工場の行員として働いていたが、このIT化の影響でリストラになってしまったのだ。

 しかし簿記やマウス検定の資格も有していない私は、転職に苦戦した結果、従業員十名あまりの小さな印刷会社に、経理社員として就職することになった。

 面接の時点から、社長に

「ここは辞めていく人が非常に多いが、あんたは長続きするよう頑張ってな」

と言われたとき、ブラック企業であることを予感した。

 辞めていく人が多いと公言することは、安い給料でこき使うという意味である。

 要するに、そのような環境のなかで我慢しなさいという意味に違いない。

 仕方がないか。私はこれといって取り柄のない人間なのだから。

 

 会社は自社ビルであったが、私は常に社長への不満と将来への不安を抱え込み、それは日毎に大きくなり、私の心をグレーに覆っていた。

 今から思えば、そんなことは誰にもあることだったが、そのときはなぜか、私だけが不幸の渦のなかにいるという被害者意識を背負うようになり、社長に対する不満が恨みへと変化するのに時間はかからなかった。


 経理社員といっても、仕事内容は一般事務や雑用も含まれ、きれい好きの社長は果ては廊下磨きに至るまで口うるさく要求してくるのだった。

 節約主義の社長は、ときとして残業手当を節約する口実に「もっと早く仕上げてくれ」とせかされたり「フツーの子だったらこうする筈なのに」などと、理不尽なことを要求してくるのだった。

 そこまで私をけなすなら、それなりの給料を払うべきである。

 しかし社長のいうフツーとは、なんなのだろうか?

 今の日本は外国人にあふれ、単一民族ではなくなるときが訪れるかもしれない。 

 そうなれば自分がフツーだと思っていたことが、フツーではなくなってしまう。

 社長のいうフツーとは、安い給料で社員をこき使うことに違いない。

 そのせいか、長続きする社員は少なく、会社は常にギリギリの決算状態だったので、口うるさく節約を強いられた。

 私はいつかそれを逆手にとってやろうと、思うようになってきた。


 入社して三か月目、私は社長の奥さんがしていた帳簿付けを引き継ぐ形となった。

 まあ、私は心の中で不満を抱えながらも、一般事務、お茶くみ、掃除を不満一つ言わずこなしていたからだろう。

 きれい好きの社長は、自分の城である自社ビルで、私がモップを使わずに、這いつくばって廊下掃除をした結果、ピカピカに磨き上げた廊下をみて、満足そうだった。

 たいていは、掃除婦を雇うのが通常であるが、これも節約の賜物だと思っていたのだろう。

 この節約すぎる賜物は、私の労力と安月給によって成り立っているのだった。


 帳簿付けした当日にわかったことだが、なんと社長は一日の帳簿付けを自ら確認することはなかった。

 コンビニのレジでも、オーナーは一日何回も確認するケースがあるが、社長は今まで奥さんが帳簿付けをしていたので、その感覚で一度も確認しなかった。

 しかし私は生真面目に、奥さんに言われたとおりに帳簿付けをしていた。


 帳簿付けをしてから一か月目、私は10円余分に帳簿付けしてしまったことに気がついた。

 しかし社長は、帳簿を一度も確認しないのでごまかせるだろう。

 ただし半年後の決算時には、うまくあわせておけば済むことだ。

 私はいつしか二重帳簿を付けることを、思いついていた。


 私は、社員十名の給料計算を任されるようになっていた。

 そこで私は帳簿には多く支出するように、細工したのだった。

 例えば社員一人月給10万円とする。一応、給料袋には10万円渡すが、表向きの帳簿には13万円支出と記入し、その差額の5万円を着服することを思いついた。

 ちょっぴり罪の意識はあったが、それ以上に給料の安さが私にわいてくる罪の意識にふたをさせた。

 だって、新入社員の方が給料は高いんだよ、こんな矛盾した話ってある?!

 この四階建てのビルは、社長の自社ビルだし、郊外には自宅もあるという。

 しかし一度芽生えた罪の意識は、消えることはなかった。

 冷蔵庫に保管しておいたはずの食べ物が、いつしか腐っていたかのように、私の良心はいつもチクチクと痛むのだった。


 しかし、横領を実行するためには、社長の信頼を得る必要がある。

 キレイ好きの社長のご機嫌を損なわない為、私は廊下をピカピカに磨き上げることにした。

 ゴシゴシ磨き上げるということは、それだけ労力がいる。

 腕も痛くなるし、這いつくばるということは腰痛にも見舞われる。

 軽く撫でるだけで、汚れが落ちるような良い洗剤はないものだろうか?


 ある日、郵便受けに今まで見たこともないゴールドピンクの洒落た外国製のパッケージの、洗剤の見本が入っていた。

「勤勉日本人はゴシゴシ掃除で、筋肉を傷めてしまう。これアンラッキー。

 しかし軽く撫でるだけで、どんな汚れも一発解消のマジック洗剤 これまさにラッキー」などと人目をひく広告が名打っている。

 説明書を読むと水に半分に薄め、一分間放置してあとはからぶきするだけでOKだという。

 私は早速、台所の油汚れで試してみると、まさにその通りだった。

 こんなうまい掃除方法があったんだな。

 パッケージの裏を見ると

「このユニークな洗剤を、ひとり占めするのではなくて世間に供給しよう。

 幸せはあなただけが握りしめるのではなく、世間におすそ分けすることで、あなたも幸せになれる。

 和の文化日本に、ラクラク掃除の輪を広げよう。

 このことで説明会がありますので、ぜひおいで下さい」

 見ると、繁華街の外れにあるビルの一室が明記されていた。

 

 なんだこれ、もしかしてマルチ商法なのかなと疑ったが、社長のご機嫌取りのための廊下掃除の洗剤には最適である。


 

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