ホラー短編

@hlnatama

視線

今日からここが新しい我が家になるのだ。

2LDKの日当たりの良い世帯向けアパート。家族向けとしては一般的な広さのこの部屋も、親子ふたりで暮らすには十分すぎるくらい広かった。


 「ママー!美紀左のお部屋がいい!」


 「うん、わかったよ。じゃあ美紀のお荷物自分で運べるかな?」


 「できるよー!!」


 元気に走っていった今年で5歳になる美紀は、来年からこのアパートから徒歩五分ほどの小学校に通うことになる。最近は物騒な世の中だ、小学校との家との距離が近いのは母親としても安心できる。


 「あ、美紀ー!重いものは運ばなくていいからね!」


 ここに引っ越すことになり近所にも挨拶に行ったが、やはり世帯向けアパートということもあるのか、周りの人達は皆こちらに対して、なにか困ったことがあったらいつでも頼ってくれと優しく言ってくれた。


 接しやすいご近所に、日の入る明るい部屋、そしてなにより元気に駆け回る娘の姿に、やっと一息つけた心地がした。そう、確かに私はこれからはきっと上手くいくだなんて、そんな根拠のない幸せに対する自信を抱いていたのだ。


【視線】


「…」


 まただ。ここに引っ越してきてから1ヶ月程たった。最初は元気にはしゃいでいた美紀もこの頃になるとだいぶ落ち着いてくるようになった。そして、それと共に不審な行動も取るようになった。


 見ているのだ、窓の外をずっと。


 午後6時を回った頃から美紀はじっと窓を見つめ出す。

 なにか見えるの?とか、気になるの?だとか聞いても、…うん、という曖昧な返事しか返さない。

 そして、日を追う事に窓を見る時間が長くなっていく。


 カーテンを閉めると見なくなるけれど、いつの間にかカーテンを開けて外を見ている。私には見えない、何かを、じっと。


 瑕疵物件ではない、ちゃんと不動産には確認した。では小さい子供ならではのイマジナリーフレンドと言うやつだろうか?でも会話している様子もない。


 正体の分からない何か、それがいる。私には見えないのに、娘には見えている。焦点の合わない瞳で見ている。


 未だ窓の外をじっと見続ける娘の視線を追って窓を見る、何もいない。何もいるわけが無いのだ。当たり前だろう?ここは五階なのだから。




「……ねえ、美紀…?」


「……なあに?」


「何か、見えるの?」


「…うん」


「…なにが、みえるの?」


「…うん、」


「…ひと?」


「…うん」


「ひと、なの?」


「わらってるよ」


「笑って、るの?」


「笑ってるよ、笑ってね、ママを見てる」


「え、…わ、私?」


「そう、ママ。ママを見てるの、女の人、笑ってるの」


「……どうして?」


「どうしてって?」


「なんで、ママなの?」


「そういうものでしょ?」


 今まで、うん、としか返さなかった娘が初めてきちんと話してくれた。…でも、これは聞いた方が良かったことなのだろうか?娘を狙っている訳じゃないことが分かって安心したのは確かだ。でも、代わりに狙われているのは私らしい。そして、それを何も疑問に思っていないような娘に、初めてぞっと、恐怖を覚える


 今まで、お腹を痛めて産んでから娘を怖いだなんて思ったことはなかった。窓をじっと見つめていた時だって、ただ心配だった。何か悪いものが娘に近づいてるんじゃないかって、娘になにか害があるんじゃないかって。


 でも、これはなんだ?まるでその存在が当たり前であるかのように肯定する娘。この場で、異常なのは私の方なのだ。


 無意識のうちに足が半歩後ろへ下がる。足がこつん、と壁に当たる


「…美紀、」


「ん、なあに?」


「それ……まだいるの?」


「いるよ?」


 どうしてだろう?昨日までは怖くなかったはずのそれが今日は異常に怖い。


「じっと見てるよ、わらって、みてる」


 ああ、わかった。輪郭を得たんだ。昨日まではあるかも分からない、ぼんやりとした存在だったそれは、笑っている女という輪郭を得てしまった。得てしまったから、怖い。


「ママ、どうしたの?」


 これ以上は下がれないというのに私は壁に足をぶつけながら後退りを続ける。そんな私を見ているのだ。笑っている女が、じっと、窓の外から。…窓の外から?


「……え?」


 あ、ちがう。そんなわけない、ちがう、そうじゃない


「……あ、いや、」


 この季節は、外はもう暗い。そして、家の中は私たち二人を優しく包むように明るくてらされている


 いや、ちがう。2人じゃなかったのか。


 外が暗くて、中が明るい時に、窓の外が見えるわけがない。その時窓を見て見えるのは、反射した室内だ


「ママ、見てるよ」


 ずっと、一緒にいたのか

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