ミッシング・レター
@1shinohash1
第1話
配達シフト明けの路地は、いつも静かで無機質だ。
その足元に落ちていた紙の手紙だけが、明らかに場違いだった。
宛先の文字を読む前に、人工の朝焼けが視界を染めた。
二世紀ほど前、第三次世界大戦を皮切りに争いの星となった地球。このままでは人類は滅びるまで争ってしまう。そこで人類を人類から保護するために国際機構が計画、建造した人類の生存圏が、このアーク・ユニタス(ARC UNITAS)だ。共用のスペースやARC内の運営をする評議会の本部、治安警護部隊等が居を構える中央区。その周りに大きさがそれぞれ異なり、当時の国際機構内で発言力のあった上位9か国が自治運営権を持つ居住区によって構成される。金属製の箱舟は、僕たち新世代人類の故郷だ。そんな世界で今朝、初めて手に取る紙の質感に、質量のあるメールに不思議と心を奪われた。これは何なのか、これは何のために書いたのだろうか。俺はそれを直接聞いてみたくなった。ともあれ、勢いでそのまま自宅に持って帰ってしまったが窃盗罪にならないだろうか?そんなことを思いながら、帰りに買った新作の補給ドリンクを飲み干し、ノア(NOAH)に問いかけてみる。
「ノア、ARC内で紙のメールは出されたことはあるのか?」
「マテリアルを持つメールと推測...「紙のメール」についての検索結果を報告。ARC内にて紙を媒体とする手紙は一部愛好家の間で親しまれ、人口は少ないものの、趣味として前例があります。しかしそれを配送することも趣味として定着。公のサービスでは、前例はありません。」
ARC内のすべてを調べられるAIでも、この手紙のことは知らないらしい。その上一部界隈でしか紙の手紙には詳しくないそうだ。となれば中央区の繁華街やその道に詳しそうな奴に聞くほかない。
中央区にあるこの商業エリアは様々な建造物、文化、業界が連立している。最近ARC内の人口が増えすぎてしまっているらしいが、ここでは誰もがそれを感じ取れる。
「いつ来ても人が多すぎるだろ、流石に」
思わずそんな声が漏れる。そして俺は人の山へと進み入った。日中の時間を使い散策して得た情報は、また区長同士がピリついていること、最近できた飲食店、「母なる地」というのはどうやら地球のことを指していることだ。一度家に帰り、もう一度手紙を観察する。すると、汚れに見えたそれは、"10-AA000"と表記されている。奇妙だ。通常宛先の上二桁は00~09で中央区~第9区まで表される。しかしこれには10区があることを示唆している。僕は確かな違和感を胸に業務へ向かう。今日の配送はまとまった地区であることを願いながら。
「...行ったか?それにしてもなんで警護隊が俺を狙ってくるんだよ...」
会社に着いた俺が目にしたのは、機動車3台とざっと見て30人はいそうな警護隊だ。そいつらは俺を見るなりすごい勢いで向かってきた。反射的にこうして逃げてきたが、なぜ狙われるのかはわからない。いつも通りのプレイリストを再生し、会社へ向かっていた頃から変な胸騒ぎがしていた。思えば、なんとなくいつもと違う道から帰り、手紙を拾っていた時から僕の日常は少しづつ瓦解していったのだろう。
「まさか...この手紙か?でも何故?」
狙われる原因と言えば昨日拾ったこの手紙、そして聞き込みをした影響で巡って話がバレたのか。それにしては早すぎるなどと考えていると、
「ッ!?」
「静かにしろ。少なくともお前の敵ではない。」
「...何者なんだ、あんたらは?」
突然路地裏に引き込まれた先にいたのは、ARC内の裏の動きを警戒、調査しているレジスタンス組織らしい。このARC内にそんな組織がいたとは思わなかったし、第一にこいつらも怪しすぎる。どうやら話を聞くと、警護隊が集まっているのを察知し、偵察に来たところに俺が目に入ったそうだ。なぜ俺が追われているのか、この手紙について知っていることはないか聞いてみると、こいつらは目の色を変えて食いついてきた。夜勤帰りの路地裏で見つけたこと、ノアに聞いてみても詳しい情報は得られなかったことを話した。その後は奴らのアジトに匿って貰い、情報を交換する。その中で見えてきたことは、もしかしたらこの手紙を拾ったことが知られた原因がノアにあるかも知れないと言うことだ。「母なる地」と言われている地球、俺達はそれを教科書でしか知らない。何故地球の人達に向けた手紙があるのか、そもそもその状況が読めない。そこで俺の考えは詰まってしまった。結局ただの配達のバイトをしているガキが知りたがっても世界がそれを明かしてくれる訳じゃない。俺は……無力だ。この手紙は届けたい。この意味を知りたい。何のためなのかを知りたい。
「おい!とんでもない事が分かったぞ!ARCは地球から人を攫ってきて、地球の情報を吐かせるために幽閉しているらしい!」
まさか、ありえない。そんなことをする意味が分からない。以前評議会が地球の環境が良くなり次第、志願者は地球に還る事ができるだの公約に掲げていた気もするが、そのためにそこまでするだろうか?そんな疑問を持ちつつも、やっと見えた手紙の先にある大きな謎の鱗片に、俺は胸が高鳴っていた。
翌日、レジスタンスと協力し、昨日入ってきた情報と今までの情報をまとめると、地球の人に向けた紙の手紙、存在しないはずの第10区、ARCが地球から人を攫い、閉じ込めていること。俺とレジスタンスが導き出した結論、それは「ARCは地球から攫ってきた人を隠蔽していた第10区に閉じ込めている。そして何者かがその区間を知り、手紙を出そうとしていた。」というものだ。それからというもの、調査を進めるごとに第10区の存在を裏付けるかのように、警備隊の空白の稼働期間、行き先不明の食料、ロスが多すぎる電力。俺達レジスタンスは、第10区に地球人が閉じ込めているという事実を確信した。
「お前は右を、俺はこの先の道を左へ行く。」
調査を緻密に行い、第10区の想定建造地へと向かうダクトを、俺達は進んでゆく。当然灯りはなく、寒い。息が白くなっている。この息が白くなるのが不味い状況なのか分からないが、俺達に気にする余裕はない。そのまま闇を進む。
しばらくすると、扉が現れた。見たことも無いような旧式も良いところのガラクタのような扉だ。僅かに隙間が空いているのが見える。その先に何があるのか、ただそれだけが知りたかった。俺は警戒も忘れ、ドアを押し開けた。
「なんだ...ここは?この臭いは?」
薄暗い中、中央にスポットライトに照らされた何かがある。怪しい気配を感じながらそれに近づいてみる。花だ。一輪の花がそこには咲いていた。周辺を目を凝らして観察すると、何やら横たわっている人たちが見えた。瞬間、視界が閃光に包まれる。
置き去られた「手紙」、それは存在しえない、異質なもの。「母なる地の者」、それは反旗の芽を刈り取るための疑似餌。今朝も”また”手紙は置き去られ、高輝度の朝日が町を照らす。
ミッシング・レター @1shinohash1
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