星に刻まれた運命、記憶を辿る魔法の旅

あくれこ

第1話プロローグ~記憶をなくした女の子~

 明るい太陽の光が広い通り道とそれを囲むきれいな花壇を照らしている。建物には花がきれいに飾り付けられており、街全体が一つの芸術作品のようで、大通りはとても賑やかで、花のいい香りがあたり一帯に広がっている。

 そんなこの街を今一人の少女が歩いている。彼女の名前はハナニラ・クラエス・メクサ。薄紫の髪に金の縁取りがついた白のローブをまとい、目は明るいピンク色をしている。ハナニラの記憶はほとんど抜け落ちてしまっている。覚えているのは自分の名前だけ。そばにあったのは今ローブにしまってある杖だけだ。

 これからどうしよう、そんなことを考えながら歩いていると何か固いものにぶつかって倒れてしまった。


「わ! ごめんなさい!」


 それは人の背中だった。ハナニラはすぐに謝ったが、


「ちょっと! どこみてんの?」


「おい! 見ろよこいつ…」


 見るからにガラの悪そうな二人組が倒れたハナニラを見下ろす。二人の視線はハナニラのローブに注がれている。


「そのローブ、てめぇ魔法使いか!」


 ハナニラは周囲を見渡したがハナニラたち以外には誰もいない。どうやら歩いている間に大通りを外れてしまったようだ。急いで立ち上がって距離をとり、杖を肩の高さに構える。


「こいつやっちまうよ!」


 二人がハナニラに襲いかかる。ハナニラはとっさに頭に浮かんだ言葉を叫ぶ。


「グレーティ(護れ)!!」


 杖から魔法の盾が噴き出し二人をはじく。


「クソッ!」


「もう一度いくよ!!」


 二人は左右に分かれて攻撃を仕掛けてくる。片方を魔法の盾で防ぐことはできたがもう片方の攻撃を食らってしまい、腰の割れるような痛みとともに地面にたたきつけられる。


「ううっ!」


「魔法使いめ! てめぇらのせいで!!」


 二人がとびかかってくる。ハナニラは起き上がろうとするが、うまく起き上がれない。


「ちょっと、大人二人で子供をいたぶるのはひどくない?」


 ハナニラの前に紺色のローブを身にまとった女性が現れる。


「…何だ? テメェ...」


「私はフレン・アクタリア。ねえ、これってほんとに正しいことだと思う?」


 フレンと名乗る女性は腰に手を当て少し怒ったような顔で二人に再び問いかける。しかし一人はすぐに後ろに回り込みフレンの頭めがけてナイフをーー


「あぶない!!」


 ハナニラが叫んだ。次の瞬間


「グハッ...これは...?」


 ハナニラは驚いた。さっきまでフレンに向かってとびかかっていったはずなのに今はフレンの足元でうずくまっているからだ。


「大丈夫か!?」


 もう一人が驚きと恐怖が入り混じった声で叫ぶ。


「くそっ! また魔法使いか!」


「もしかして魔法使いを憎んでるの?」


 フレンが冷静に問いかける。


「…テメェら魔法使いは簡単にいろんなことができるだろぉ?」


「おかげで私たちは用済みってわけ! あんたたちのせいでね!」


 ダメージを受けていない方がフレンに攻撃を試みる。フレンは少しため息をついて


「スネアヴァルス(影の鎖よ)」


 フレンが黒い塊のようなものを掲げながらそう唱えるとその塊から鎖が飛び出し二人の盗賊を縛り付けた。


「恨みで暴力をふるえばあなたはそれで満足なの? そのあとは? 何も解決しないじゃん!」


化け物魔法使いに何がわかる? 私たち非魔法族の心なんてわからないでしょ?」


「気に食わないならやっちまえよ! こんな鎖で縛って、さも『平和的に対話してる』感を出すんじゃねぇy」


 即座にフレンが二人に魔法をかけ、眠らせて呟いた。


「確かに非魔法族イベレのことはわからないね」


 上からもう一人フレンと同じローブを着た人がフレンのそばにおりてくる。背丈はハナニラよりも少し高いぐらいだ。


「フレン」


「クルル、クルルはあの娘を解放してあげて」


 クルルと呼ばれた少女はトコトコとハナニラの方にやってくる。


「大丈夫?」


 そう聞かれると今まで忘れていたかのように再び脇腹に刺すような痛みを感じ、うずくまる。


「そこをやられたのか、わかった」


 クルルはハナニラの脇腹に手をあて、ぶつぶつとつぶやいた。すると体中を何か暖かいものが駆け巡り、痛みが徐々に引いていくのを感じた。


「立てる? えーと」


「ハナニラ」


「ハナニラ、立てる?」


 クルルがハナニラに対して手を差し伸べる。


「ありがとう、クルル」


 ハナニラがその手を握ろうとしたとき、その手に急に見覚えがあるように感じた。途端に記憶がハナニラの頭にあふれ出す。

 いったいなんだろう...そうだ一人だけ魔法が使えることでいじめられてた自分を助けてくれたあの娘の手にそっくりだ。形がというより、その手の雰囲気が。

 あの時はやられっぱなしだった自分が情けなくてせっかく差し伸べてくれた手をつかめなかった。初めて自分の名前以外の記憶がよみがえり、ハナニラはなぜか頬から涙が流れていることに気がついた。


「ハナニラ、大丈夫?」


 クルルが心配そうにこちらを見ている。


「ああ、うん、ありがとう」


 顔をごしごしとこすって、ハナニラはクルルの手を掴んだ。


「よし、こいつら全員管理局に持ってこー!」


 フレンがクルルを呼ぶ。


「そろそろ行かないと、ハナニラ、またね」


「うん、ありがとう、クルル、フレンさんもありがとうございます!」


 フレンにもお礼を言った。


「フレンでいいし、気にしないでいーよ! もともと依頼のためにここに来たんで、あんたを助けることになったのはたまたまだし!」


「依頼?」


「そう、まさか星路の環ギルドしらないの?」


「えっと...」


 ハナニラは自身の記憶がほとんどすべて抜け落ちてしまっていることを二人に説明した。


「それは大変だね...記憶はいろんな感情を呼び起こすし、生物が生物として生きていける理由でもある。それに記憶がないっていうことは今まで覚えてきた魔法も全部忘れちゃったってことでしょ?」


 フレンは少し困った顔をしている。


「でも、一回盾を呼び出せたんです。頭の中に急に呪文がわいてきて...」


 そうだ、あの時急に呪文が現れた。とすると、頭の中のどこかにはあるということだろうか?


「じゃあ、いろんなことを経験してみればそのうち全部思い出すんじゃないかな?」


「いろんなこと?」


「そう! 例えば、魔獣と戦うときには炎の魔法を思い出したり、のどが渇いた時には水の魔法を思い出したり...」


「えっと...そんな単純なものなんでしょうか?」


「意外と楽勝だと思うよ? 記憶って、運命を導く存在の一つって言われてるんだよ。」


 フレンが明るい顔をしている。しかし、隣ではクルルが少しあきれた顔をしている。フレンはどうやら楽観的な気質があるようだ。


「あ、あと星路の環ギルドについて話してなかったね。星路の環ギルドは街の中心らへんにあって、その街に住んでる人の困ったことを解決してくれる人を募集したり、外から来た人と現地の人が交流したりする場所のことだよ。私たちもお金稼ぎに使ってるんだ。いろんな経験をしたいなら、まずはそこに行ってみたらどお?」


 星路の環ギルドか、覚えておいた方がよさそうだ。


「じゃあね!! 記憶頑張って! 私たちももっとお金稼がないと」


 フレンが手を振りながら離れていく。ギルドへの道も教えてもらい、ハナニラも手を振り返しながら考えていた。そもそもなんで自分はこの街に来たのだろう? 結論はすぐに出た。


「きっと運命が導いてくれたのかな?」


 あの時急に頭の中に呪文が現れたり、手を握るときに似たような記憶を思い出したり、頭のどこかにある記憶が運命によってきっとここに導いてくれたのだろう。


『記憶って、運命を導く存在の一つって言われてるんだよ』


 つまり、ここにきて、フレンとクルルの二人に出会ったのも運命なのだろうか? 記憶が二人に出会わせてくれたのだろうか? そうだとしたら、自分の失われた記憶を取り戻すのに必要なのはあの二人ではないだろうか?


「二人は確かギルドに行くって言ってたはず」


 ギルドへの道はフレンが教えてくれた。早くいかないと二人は別の仕事を請けてしまう、そうしたらまた会える確率は低い。


「急がないと」


 ハナニラは急いで走った。大通りへ出て、右、街の中心近く。いた、フレンとクルルだ。紺色に金縁のローブは街に飾られている淡い色の花と対照的でとても分かりやすい。


「フレン! クルル!」


 ハナニラは息も絶え絶えに叫んで二人を呼び止めた。


「ん? ハナニラ! どうしたの? もしかして記憶が全部戻ったとか?」


「いや、そうではないんですけど」


 ハナニラは息を整え、二人にお願いした。


「お願いです! 二人と一緒に行動させてください!」


 断られるだろうか? あまりにも突然すぎて保留されるだろうか? それともーー


「いいよ! 多い方がにぎやかで楽しいもん!」


「ほんとですか!?」


「うん! それにクルルと話してたんだ! きっとこうなる予感がするって!」


 クルルはうんうんとうなずいている。予想外の答えでハナニラは何をしゃべればいいのかわからず口をパクパクすることしかできない。


「それに記憶を取り戻すのを手伝うって、なんかワクワクするし!」


「行こう、ハナニラ、ですますはやめて、慣れてないから」


「あ、わかりまし...じゃなくて、うん! クルル」


「よし、それじゃあ、しゅっぱーつ!!」


 なぜ私はこの街にやってきたのか、暖かな春の空気を纏う街に。これからの自分を明るく照らしてくれるものがここにはあった。陽気なフレンと静かなクルル。運命に導かれて私はこの二人に会えた。最後の最後まで本当に頼りになる二人に。

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