追放悪役令嬢と聖女の駆け落ち(嘘がつけない手錠付き) 【読み切り短編】
ヒトカケラ。
追放悪役令嬢と聖女の駆け落ち(嘘がつけない手錠付き)
痛っ。
金色の手錠が、わたくしと聖女クラリス・ルミエールの腕に噛みついた。
大広間が凍りつく。
「……よって婚約は破棄し、リーゼ・フォン・
追放? 結構ですわ。悪役令嬢としては満点ですもの。
――ただし、聖女様まで道連れにする“手錠”は、聞いてません。
白いドレスの隣で、クラリスの指先が震える。笑顔が貼れない。
さっき、わたくしは扇子越しに囁いたばかりだ。
「笑って。あなたが泣いたら、わたくしが本当に悪者になるじゃない」
返事の代わりに掴まれた手首に、手錠。鎖。
王太子殿下が叫ぶ。
「何だ、それは! リーゼ、お前、聖女に呪いを――」
わたくしは反射で、悪役の仮面を選んだ。
「ええ。わたくしが呪いましたのよ」
ギギ、と鎖が締まった。
「……っ!」
クラリスが目を見開いた。
「リーゼ様、嘘をつくと締まります!」
「嘘じゃありませんわ!」
さらに締まった。
……理解した。
――この手錠、嘘に反応する。
試しに、わたくしは扇子を閉じ、はっきり言ってやった。
「わたくしは、聖女クラリスの命を狙っていません」
鎖は締まらない。
大広間が、わずかに静まった。
王太子殿下の口が開きかけ、すぐに閉じる。――真実の前では、台本が噛み合わないらしい。
ざわめきが波になる。騎士たちがこちらへ詰め寄り、騎士団長レティシア・フォルティスが前へ出た。
「リーゼ! 聖女様から離れろ!」
「離れたいのは山々ですわ!」
締まった。
「……っ、訂正します。離れたくありません」
鎖が、すこし緩む。
クラリスが息を呑み、レティシアも固まる。
わたくしは心の中で舌打ちした。言葉尻ひとつで、この有様。最悪。
クラリスが静かに口を開いた。声は震えていない。
「これは呪いではありません。神殿に伝わる……“真実の鎖”です」
「真実の鎖……?」
レティシアが眉をひそめる。
クラリスは続ける。
「嘘をつけば締まり、真実を言えばほどけます。そして――日没までに解けなければ、わたくしの加護は剥がれます」
大広間が一瞬、凍った。
王太子殿下が青ざめる。聖女の加護は、この国の“都合”そのもの。失えば困るのは殿下だ。
――だから確信した。
この鎖は、クラリスを守るために現れた。
なら、わたくしは悪役の役目を思い出すだけ。
皆の視線が聖女へ刺さる前に、わたくしが全部を引き受ければいい。
わたくしは胸を張って宣言した。
「分かりましたわ。では、わたくしが聖女様を誘拐します」
「リーゼ!」
叫ぶレティシアより早く、わたくしはクラリスの腕を引いた。
鎖があるから、彼女も一緒に動く。
二人で走る。王宮の長い廊下を――笑いそうになりながら。
「誘拐って……!」
「最も分かりやすい罪状でしょう? 追放の上に誘拐。わたくし、悪役として満点ですわ」
「満点を取らないでください!」
その声が、少しだけ可笑しい。今、初めて彼女が“聖女”じゃなく、年相応の女の子に聞こえた。
中庭を抜け、馬屋へ。追手の足音が近づく。
「乗れます?」
「……乗ったこと、ありません」
「でしょうね。聖女様は歩く姿しか許されない」
嘘はつけない。鎖は締まらない。
わたくしは馬の背に乗り、手錠で繋がれたままクラリスの腰を引き上げた。
「きゃっ……!」
彼女の体温が、思いのほか近い。
「落ちないで。落ちたら、あなたの加護が剥がれる前に、わたくしの心臓が止まりますわ」
クラリスが驚いた顔をする。
「……今の、嘘じゃないんですね」
「ええ。腹立たしいほど真実です」
馬が駆け出す。城門の向こう、王都の喧騒が遠ざかっていく。
森へ入った頃、日差しはもう傾き始めていた。
森は湿っていて、馬の蹄の音が落ち葉に吸われる。
しばらく走って、わたくしは小川のそばで馬を止めた。クラリスが落ちないように腰を支え、降ろす。
「休憩ですか?」
「ええ。あなたの足が震えてますわ」
「震えてません」
鎖が、きゅっと締まった。
「……震えてました」
「でしょうね。乗馬なんて、聖女の教本に載っていない」
クラリスはむっとしてから、ふっと笑った。
「リーゼ様は、どうしてそんなに慣れているんですか」
「貴族の嗜み。……と言いたいところですが、真実は別」
鎖が緩む。
「わたくし、落馬経験が豊富ですの」
「自慢しないでください!」
笑い声が、森に溶けた。
小川の水で喉を潤す。わたくしが手を伸ばすと、手首に赤い痕がついていた。鎖が締まったせいだ。
クラリスが気づき、眉を寄せる。
「痛みますか」
「痛くありません」
締まった。
「……痛みますわ」
クラリスはため息をついて、わたくしの手首にそっと触れた。温かい光が、痕をなぞる。
「加護の治癒です。日没まで……まだ残っていますから」
「残っているなら、無駄遣いは――」
「無駄じゃありません」
クラリスは、珍しく強い口調で言った。
「リーゼ様が傷つくのは、……嫌です」
鎖は締まらない。
わたくしは視線を逸らし、扇子で頬を仰いだ。
「……困りますわ。そんなこと言われたら、わたくしが勘違いしてしまう」
クラリスが首をかしげる。
「勘違い?」
「あなたが、わたくしを……嫌っていない、とか」
クラリスは目を瞬いた。次の瞬間、彼女は小さく笑って言う。
「鎖が締まっていません。つまり、それは勘違いではない、ですね」
「……その鎖を、そんな使い方しないで」
「便利なんです」
クラリスは手首の金具を見て、ぽつりと言った。
「嘘がつけないのは、怖いです。でも……少し、楽でもあります」
「あなたはずっと、怖い嘘を飲み込んで生きてきたのでしょうね」
クラリスが頷く。視線が水面へ落ちる。
「聖女は、皆の希望でいなさい、と言われます。皆が安心する言葉を選べ、と。……でも」
彼女はゆっくり顔を上げ、わたくしを見る。
「リーゼ様の前だと、選ばなくていい気がします。嘘がつけないから、ではなく……」
言いかけて、彼女は口を閉じた。代わりに、わたくしの手を一度だけ、強く握る。
わたくしの胸が、変な音を立てた。
「……休憩は終わり。行きますわ」
「はい」
立ち上がる時、鎖がからん、と鳴った。
その音が、なぜか少し、くすぐったい。
「リーゼ様……どこへ?」
「神殿よ。この鎖を外す。それが今日の第一目的」
「第一?」
わたくしは口元だけで笑う。
「第二目的は……あなたが“殿下のための聖女”であるのをやめること」
クラリスは息を詰めた。
鎖は締まらない。真実だから。
「そんなこと、できるはずが……」
「できる。だって、あなたは今、わたくしと逃げている」
クラリスが小さく笑う。
「逃げているのは、リーゼ様が引っ張るからです」
「引っ張らないと、あなたは自分で選べないでしょう?」
言いかけて、わたくしはしまったと思った。
クラリスは優しい。優しすぎる。だから、誰かの期待に縛られ続ける。
……そして、そんな彼女が、わたくしは好きだ。
道が分かれる。神殿へ続く小径――のはずが。
「橋が……」
谷を跨ぐ木橋が、真ん中から落ちている。雨で崩れたのだろう。
迂回すれば日没に間に合わない。
クラリスが唇を噛む。
「わたくしのせいで、リーゼ様まで……」
「嘘よ」
鎖が締まりかけて、わたくしは言い直した。
「嘘にしたい。けれど真実は……あなたのせいじゃない。悪いのは、この橋の管理者ですわ」
「そこに責任を押し付けるんですか!」
「悪役令嬢ですもの」
鎖が緩む。正直は便利。
わたくしは鎖を持ち上げ、崖際の大木に巻きつける。
「飛ぶわよ」
「え?」
「鎖は丈夫。木に巻いて、振り子で渡る」
クラリスが青くなる。
「危険です! そんなの、落ちたら――」
「落ちたら、あなたも落ちますわ」
「言い方が最低です!」
「事実を言ったまでです」
鎖は締まらない。むしろ、すこし温かい。
わたくしは息を吸って言う。
「クラリス。わたくしのこと、信じて」
クラリスが目を丸くする。
「……信じて、いいんですか」
「嘘をつけない鎖ですもの。わたくしが今あなたを落とす気なら、きっと締まってますわ」
鎖は締まらない。
クラリスが、頷いた。
二人で跳ぶ。風が頬を叩く。鎖が軋む。心臓が喉まで跳ね上がる。
――反対岸へ。
転げるように着地して、わたくしは笑ってしまった。
「ほら、できた」
クラリスも息を切らしながら、笑う。小さく、眩しい笑い。
「……リーゼ様、今、すごく楽しそうです」
「楽しいわ。あなたが“聖女”を脱いでるから」
その言葉に、クラリスの笑みが揺れた。
わたくしは続ける。嘘はつけない。
「あなたが聖女でいる間、誰もあなたを見ていない。皆、“聖女”しか見ていない」
クラリスは黙った。沈黙の中で、鎖がすこしだけ温かくなる。
その時、森を裂くような声。
「聖女様! そこにいるのですか!」
追手だ。足音が近づく。
わたくしは反射でクラリスの前に立った。
現れたのは、先ほどの騎士団長レティシアだった。汗を浮かべ、剣に手をかけている。
「聖女様、無事で――!」
彼女は手錠を見て顔色を変えた。
「リーゼ、解放しろ。これは命令だ」
クラリスが一歩前に出る。――この鎖は嘘を許さない。
「レティシア」
「聖女様……?」
「この方は、わたくしに必要な方です」
レティシアの瞳が揺れる。
「……それは、殿下のご意思に――」
「殿下の意思ではありません」
クラリスの声が、硬い。
「日没までに神殿へ行かねば、加護が剥がれます。……わたくしは、“殿下のための聖女”ではなく、わたくしの意思で動きます」
鎖は締まらない。真実だ。
レティシアは歯噛みし、そして、剣から手を離した。
「……分かりました。ならば、せめて聞きます」
彼女はクラリスをまっすぐ見た。
「その“必要”は、命令ですか。お願いですか」
クラリスが、わたくしの手を強く握った。
「……お願いです」
レティシアの肩が落ちる。けれど次の瞬間、彼女は腰の鞄から小さな紙包みを投げた。
「旅用の金と、通行証。今夜の検問は、私が遅らせます」
「レティシア……!」
「私は騎士団長です。聖女様が“ご自身の意思”で動くなら、守るのも私の仕事だ」
その言葉は、嘘ではない。鎖が緩む気配がした。
「感謝しますわ。……あなた、案外ロマンチストですのね」
「黙れ、悪役令嬢」
レティシアが照れ隠しのようにそっぽを向く。
「行け。日没まで、あと少しだ」
わたくしたちは走った。
神殿は森の奥、苔むした小さな祠だった。旅人が立ち寄る程度の、静かな場所。
夕陽が差し込む。時間がない。
祠の前に立つと、鎖が淡く光った。石碑に古い文字が浮かび上がる。
――“最初の嘘を言え。赦しを乞え。赦しを与えよ。”
石碑。
……真実の石。
わたくしの家名を、今さら思い出すなんて。
クラリスが息を呑む。
「最初の嘘……断罪の日の」
わたくしは扇子を畳んだ。
「あなたから言いなさい。聖女様」
クラリスは首を振る。
「……わたくしは、いつも“先に譲られて”きました。今日は、リーゼ様が先です」
ずるい人。
わたくしは息を吐く。嘘はつけない。
「……わたくしの最初の嘘は、あなたを嫌っているふりをしたこと」
鎖が、わずかに緩む。
クラリスが目を見開く。
「嫌って……いなかったんですか」
「嫌っていたのは――あなたが、眩しかったから」
口に出すと、胸が痛い。恥ずかしい。けれど鎖は締まらない。
「あなたが笑うと、周りの空気が変わる。あなたが祈ると、皆が救われた気になる。……わたくしにはできないこと」
クラリスの瞳が揺れる。
「だから、わたくしはあなたを遠ざけた。殿下からも、皆からも。……それがあなたを守ると、嘘をついて」
鎖がもう少し緩む。
クラリスが、震える声で言った。
「わたくしの最初の嘘は……“平気です”と笑ったことです」
夕陽が、彼女の頬を赤く染める。
「皆が望む聖女でいるために、泣きたい時も、怒りたい時も、嬉しい時も……“平気”だと。そう言えば、誰も困らないから」
鎖が、ほどける寸前の音を立てる。
クラリスが、わたくしの手を握り直す。大広間と同じ。けれど今は、誰の目もない。
「リーゼ様。断罪の日……わたくしは、あなたを庇いたかった」
「……嘘はつけませんものね」
「はい。庇いたかった。止めたかった。……でも、聖女は“正しい側”に立てと、誰もが言うから」
クラリスは唇を噛み、そして、まっすぐに言い切った。
「わたくしは、あなたを追放したくなかった」
鎖が、ふわりと軽くなる。
次は、わたくしの番。
わたくしは目を閉じる。
「わたくしは……追放されたくなかった」
弱音を吐くのは、死ぬほど嫌だ。悪役令嬢が、泣き言など。
でも、鎖は嘘を許さない。
「……あなたに、置いていかれたくなかった」
クラリスが息を止めるのが分かった。
わたくしは、最後の真実を選ぶ。
「クラリス。わたくしはあなたが好きですわ」
言った瞬間、金具がほどけた。
手錠が消える。鎖が消える。風が通る。
――なのに。
クラリスは、わたくしの手を離さなかった。
彼女は小さく首を振り、微笑む。
「赦しを乞え、と石碑にあります」
「ええ」
「赦しを与えよ、とも」
「ええ」
クラリスは、今度は自分からわたくしの手を握り込む。
「リーゼ様。わたくしは、あなたを赦します。……そして、選びます」
「何を?」
「“聖女として”ではなく、わたくしとして。あなたの隣を」
胸が熱くなる。嘘はつけない。だから、わたくしは正直に言う。
「……困りますわ。悪役令嬢は、一人で孤独に去るものですのに」
クラリスが笑う。
「一人で行くのは、許しません」
「命令ですか」
「お願いです」
夕陽が沈み、最後の光が祠の石を赤く染める。
――間に合った。
遠くで、角笛が鳴った。けれど、もう怖くない。
森を抜けた頃には、夜が降りていた。
レティシアの通行証は本物で、検問は驚くほどあっさり通れた。兵士が「聖女様、ご無事で……!」と声を上げ、わたくしたちの繋いだ手に気づいて言葉を失う。
クラリスが微笑む。
「ご心配なく。わたくしは、自分の意思でここにいます」
嘘ではない。鎖はないのに、胸がすっとする。
小さな宿に滑り込むと、女将が目を丸くした。
「まあ……お二人、駆け落ち?」
わたくしは反射で否定しかけて、やめた。
今のわたくしは、嘘をつける。けれど、つかなくていい。
扇子を閉じ、にやりと笑う。
「ええ。……多分」
クラリスが吹き出す。
「多分、って」
「だって、明日になったら“駆け落ち”じゃなくて“旅”かもしれませんもの」
女将が嬉しそうに頷き、鍵を差し出した。
「なら、一番静かな部屋を。――お幸せにね」
部屋に入ると、窓の外に月が浮かんでいた。
――と、すぐに扉が控えめに叩かれた。
「聖女クラリス・ルミエール様。王太子殿下のご命令です。直ちにご帰還を。……その女は、連行いたします」
クラリスは扉越しに、澄んだ声で言い返した。
「殿下にお伝えください。わたくしは帰りません。――わたくしの加護は、命令では動きません」
足音が遠ざかる。
クラリス――聖名
その名が、ようやく今夜、彼女自身の言葉になった。
わたくしは思わず扇子で口元を隠した。
「……ざまぁ、ですわね」
クラリスが小さく笑う。
「悪役令嬢らしい感想です」
「聖女様が“聖女様らしくない”ことを言ったからでしょう?」
クラリスは視線を落とし、手首を見つめた。金の手錠が消えた場所に、淡い輪の痕が残っている。
「……消えませんね」
「消さなくていい。今日の真実の証ですわ」
クラリスは少し照れてから、わたくしの手を取った。
「リーゼ。明日から、何をしますか」
わたくしは答える。今度は鎖がない。だからこそ、真実を選ぶ。
「あなたが“聖女”じゃなくても生きられる場所を探す。……そして、その隣に、わたくしがいる」
クラリスは目を細める。
「それは、命令ですか。お願いですか」
「……お願いです」
彼女が笑って、指を絡めてくる。
「はい。逃げません」
わたくしも指を絡め返す。
「ええ。わたくしも、逃げませんわ」
今度こそ、手錠なしで。
※本作は生成AIを用いて本文を生成し、作者が編集・調整しています(AI本文利用)。
追放悪役令嬢と聖女の駆け落ち(嘘がつけない手錠付き) 【読み切り短編】 ヒトカケラ。 @hitokakera
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